二人の恋の作り方





雪名と喧嘩した。理由は多分、雪名にとって大した事じゃなかった。でも俺にとっては重大な事。勢い余って家を飛び出してきてしまった。折角久々の休みで、ゆっくり朝から二人で過ごせると思ったのに。雪名のバカ!…バカは俺か。

「あーぁ、どうしよっかなぁこれから」

家にケータイを置いてきてしまったせいで誰とも連絡がとれない状態。こういう時、漫画なら偶々知り合い(主人公の事を好きなヒーローのライバルとか)に会って〜とか展開があるけど。そんな都合よく事が運ぶ訳が

「―木佐?」

…あるんだね。



「驚いた。あんな処で何をしてたんだ?」
「あー…まぁちょっと恋人と喧嘩をしまして…」
「―吉野、漫画のネタにはなるかもしれないが取り敢えず心の中にしまっておけ。メモをとるな」
「やっ、だって忘れちゃう…!」
「…吉川先生」

偶々偶然会ったのは、会社の上司である我らがエメラルド編集部副編集長の羽鳥芳雪と、彼が担当であり、幼馴染みだという単行本の累計発行部数が一千万部を突破し、実写ドラマ化されたりなどメディア展開が著しい超人気売れっ子漫画家吉川千春大先生様。本名吉野千秋さん。性別男。

「(でもうちで一番の乙女系描いてるんだよなぁ…)スミマセン先生、折角の休日にお邪魔しちゃって」
「あっイェイェ!大丈夫ですっ」
「吉野の事は気にしなくていい。それより」
「トリ!?気にしなくていいって何だそれ!」
「話の腰を折るな!いいからお前は大人しく茶でも飲んでいろ!」
「あっ…あのトリ!ココ吉川先生ん家だしっ同じエメ編だけど担当でもない俺がお邪魔してるんだしそんなに怒鳴らなくても…」
「そーだそーだここはオレの家なんだぞ!お茶は飲むけど!おかわり!」
「…」

はぁ…とため息をついて、それでもお茶のおかわりを淹れに行く羽鳥。吉川先生に良いように使われている羽鳥が新鮮で、俺は思わず笑ってしまいそうになる。
…仲、良いなぁ。羨ましい。てか微笑ましい。
俺の分のお茶のおかわりも持ってきてくれた羽鳥に礼を言う。気にするなと言う羽鳥は、ホントにもう…年下だし男だけどおかん属性だよなぁ間違いなく。吉川先生にお茶を渡す時に「熱いから気を付けろ」とか言って渡してるし。甲斐甲斐しいなぁ…まぁ、吉川先生は何だかおっちょこちょいっぽいし、丁度良いのかも。
なんて二人の微笑ましい姿を見ていたら、羽鳥が話を切り出してきた。

「で?どうして喧嘩をしてお前があんな処に居たんだ?」
「うわぁ直球…」
「あの、でもホント、どうしたんですか?」
「あー…その」

どうしよう、喧嘩した勢いで部屋を飛び出したなんて30過ぎの男がする事では無いから言いにくい…でも途方に暮れていた俺を見掛けて助けてくれたし、何も言わない訳にもいかないよなぁ…。

「…俺、今恋人と一緒に暮らしてて」
「ほぅ、意外だな」
「あーまぁ押し掛けられたんだけど」
「随分積極的だな、何をしているひとだ?」
「…大学生」
「大学生!?それは、犯罪じゃ…」
「いや…相手は一応二十歳越えてるし、そこら辺は大丈夫」
「…そうか。それで?」
「うん…今朝さ」

雪名と喧嘩をした理由をかいつまんで話した。多分、他人が聞いたら下らない事。でも俺にとってはやっぱり重大で、せめてこれ位はやらなきゃ駄目だって思ってた事だから悔しくて。
雪名は俺に甘い。甘やかされるのは嫌いじゃないし、愛されてるなぁと実感だって持てるけど。何でもやってあげるのが愛情だと俺は思わない。今回だって、雪名は俺の事を思ってやってくれたんだというのは分かるし、その気持ちは嬉しい。でもやっぱり俺にだって意地はある訳で。

「つまり休みの日の朝食作りは自分の役目なのに、同棲中の恋人が作ってしまったと」
「…うん。何時も何でもやってくれて。それこそ掃除洗濯炊事。自分だって忙しいのに嫌な顔ひとつしないでやってくれるんだ。でもやっぱり任せっぱなしは悪いし、せめて休みの日の朝食作り位は俺がやりたくて…なのに今日は」
「起きたら朝食が出来ていた、と」
「…うん」

コーヒーのいい薫りで目が覚めた。最初は分からなかったけどパンの焼ける匂いとバターの香りがしてきた時にハッキリと目覚めた。校了明けで、今まで出来なかった分、昨日の夜は二人して盛り上がってしまって疲れた身体にも関わらず激しく愛し合った。比例するように深い眠りについてしまったけれど、頭の中では明日の朝食の用意をする事を考えてた。なのに。

「耳が痛い話だな、吉野」
「うー…トリのバカ」
「吉川先生?」
「あぁ、木佐が羨ましいなと思っただけだ」
「は?」
「掃除も洗濯も炊事も、当たり前のように恋人にやらせて自分は楽をしているのが目の前に居るぞ。俺は感謝はされるが自分がやるとは言われないからな。どの道されてもやる事が増えるだけだからされなくて構わないが」
「…は?」
「とっ、トリ!」

何だって?今、羽鳥は物凄い爆弾発言をさらっとしなかった?て、いうか。

「…二人って付き合ってたりする?」
「ああ。そうだが」
「トリー!!黙って!お願いだから黙ってぇぇぇ!」
「うるさいぞ吉野。俺は別に悪い事は言っていないし、していない」
「そうだけどっ…そうなんだけど!」
「えぇぇぇぇー!!」

うわわっ吃驚!まさか羽鳥が吉川先生と付き合ってるなんて!
世間って、案外小さく出来ている。同じ(でも多分羽鳥は俺と違って真性じゃない気がする。吉川先生だから大好きなんだろうなぁって感じがする。だから甲斐甲斐しいのか。納得。)職場でまさか俺以外にもそういうのが居るなんて。…そう言えば律ちゃんと高野さんも何かありそうだなぁ。ま、余計な詮索はしない。ひと其々好みはあるし、雪名は元々ノーマルだった訳だし。どういう訳かこんなおっさんを好きになって、毎日飽きもせずに愛を囁いてくれる。…分かってるんだ、今日の喧嘩の原因は、俺が悪い。たかが朝食くらいで怒って部屋を飛び出すとかあまりにも大人げなさ過ぎた。

「木佐」
「ん?うん?何?」
「その恋人は、お前が疲れているだろうと気遣って、役目を自ら引き受けた。それはその恋人の優しさだ」
「…うん、分かってる」
「ただ木佐としては、やはり決めた事だし相手の負担を思う分、過剰に反応し過ぎた。それは木佐の優しさだ」
「…そうかな」
「あぁ、吉野を見てみろ。俺がやらないとコイツはすぐに駄目人間街道まっしぐらだ。漫画を描く以外は兎に角何も出来ないんだからな」
「…トリ、オレそんなに生活力ない?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ」
「うー…良いんだよ!オレにはトリが居てくれるから!」
「言われなくても傍に居る。―まぁ兎に角、互いを思いすぎての喧嘩なんだから、互いに謝ればきっと直ぐに仲直り出来るだろう。木佐が大人げないのは否めないがな」
「…羽鳥」

羽鳥の言葉に、自分の独り善がりの思いやりを知って恥ずかしくなった。恋愛って、お互いを思いやって、バランスを保ちながらやっていくものなのに。難しい…けど、やっぱり好きだから。
怒った理由をちゃんと言って謝ろう。そして、仲直りしよう。嫌われたらどうしようって恐怖はあるけど、喧嘩したままなのはもっと恐怖だ。

「俺、帰るね」
「そうか」
「ありがとうトリ。吉川先生もありがとうございました!」
「えっと、オレは何も…」
「話聞いてくれたじゃないですか。それに秘密も知っちゃったし、何かすみません」
「あっ…いや此方こそ!?」
「吉野、落ち着け。大丈夫か?近くまで送ろうか」
「ううん、平気平気!ありがとう!お邪魔しました!じゃぁトリは明日会社で!吉川先生はまた会えたら詳しい話を聞かせて下さいね!」
「えぇぇえ!?」

笑顔でそう言い残して、吉川先生のマンションを出た。一応、釘を刺しといたから漫画のネタにはならないといいな…無理だろうけど。相手は吉川千春大先生だし羽鳥だし。
雪名は部屋にまだ居るかな…それとも、愛想を尽かして帰ったかな…兎に角今は早く会って謝りたい。羽鳥と吉川先生は、互いに必要としあってるのが二人の会話で分かった。羨ましいな…俺も、あんな風になりたい。

恋って難しい。でも、やっぱり好きだし喧嘩したままなんて嫌だから。

お互いを思いやる気持ちが大切。でも独り善がりの思いやりは駄目なんだって分かったから。

「…よっし!」

パンッと頬を叩いて気合いをいれる。
ごめんなさい。まずは謝って、それから―――…。



その後、帰った途端、先に雪名に謝られて、お互い謝り大会になって苦笑しあって仲直り。夜は二人で料理を作って笑って。

二人の恋って、こうやって作っていくんだって知った。




互いを思う気持ちが故にすれ違い喧嘩してしまうけど、彼らはちゃんと謝って共に成長出来る気がします。
てか悩み聞いてもらってない気が…あれ、おかしいな。スミマセンでした!
リクエスト、ありがとうございました!

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