何とかは犬も喰わない





「あっりえない!」
「うるせーな!お前だってぐーすか寝てただろうが!」
「ちゃんと起こしてやるって言ってたのはそっちでしょーが!」
「いいからさっさと行くぞ!遅刻とかマジありえねー!」
「アンタが言うなー!」

丸川書店少女漫画部門売り上げ一位を誇る月刊エメラルド。わずか一年で廃刊寸前だった月刊エメラルドを今やその名を知らぬ者は居ない程の大人気有名誌にまで押し上げた月刊エメラルド編集部敏腕編集長高野政宗と、自身の親が経営する小野寺出版から七光りと馬鹿にした奴等を見返すために転職し、しかし自身の希望とは裏腹に少女漫画部門に配属され日々勉強と努力の毎日を送り、進行係と武藤雪菜先生の担当を任されるようになった新人編集者小野寺律。二人は同じマンションの同じ階に住み、しかも部屋がお隣同士。そんな彼らは今、急いでいる。そりゃもう急いでいる。何故なら。

「早朝会議なんて嫌いです!終電で帰ってるのに朝九時からって…九時からって!」
「うるせー!ちいせーんだからその分急げ!足動かせ!」
「リーチに差があるんだから仕方ないでしょうが!てか高野さんがバカデカイだけです!おれは小さくないです標準です!」
「それ木佐の前で言ってみろバーカ」
「今関係ないじゃないですか!てか木佐さんはあのサイズで可愛らしいんだからいいんです!」
「年齢一番上だけどな」
「だっからソレ今関係ないじゃないですか!!あぁもぅっ信号早く変われ!」
「お前がちんたら歩いてるから捕まったんだろ!」
「はぁぁ!?誰のせいだとっ…」
「…自業自得?」
「ざっけんな!」

朝から会議の為に、遅刻だけはしてはいけないからである。駅から会社までの道のりはそんなに遠くはないものの、信号が幾つが点在している。赤無視したい。でも出来ない。したら何だか世間様から後ろ指さされる気がする。だからと言って朝から走りたくない。朝からバタバタと出勤者の間を走り抜けるような事をしたら、エメラルド編集部にまた新たな変な噂が流れそうだ。結果早歩きという話である。しかも、デスクワークが基本の彼らに体力なんて存在しない。特に小野寺。
パッと信号が変わる。一斉に動き出した集団と同じように前をしっかり向いて歩き出した。
しかし、約一名。

「っ〜…」
「辛い?」
「べっ…別に平気です!」
「こんなんなら車で来れば良かったな。悪い、気回んなかった」
「…!」
「ん?どうした?」

朝からぎゃぁぎゃぁと言いながらの出勤。舌噛まないのかなと周りの心配を余所に、彼らの足は止まらない。寧ろよくそれだけの速度で歩きながら言葉が次々出てくるものだ。仲良いなぁ。
それはさておき、彼らの話からするに、前日に何かあった模様。はじめの頃に言っていた言葉を思い出してほしい。『ぐーすか寝てた』『起こしてやるって言った』等、普通にうっかり流してしまいそうな言葉だがいや待て。彼らは昨日一緒に寝ていて、朝起きる際は高野が起こしてやると言ったという事にはなるまいか。まぁ忙しいエメラルド編集部の彼らなので仕事の持ち帰りは当たり前、隣に住んでいるのだし何か仕事関係で遅くまで打ち合わせや相談をしていた可能性もある。編集長と進行係だし。
いやしかしだがしかし。
小野寺の様子が少しダルそうにみえるのは気のせいだろうか。相変わらず足は止まる事なく目指せ丸川書店第一会議室!なのだが、先程の信号から動き出した時に少しだけ身体を気遣うような仕草をし、高野が気を使っていた。察するに、小野寺のダルさの原因は高野にあるらしい。

「どうした?…まさか大事な資料を家に忘れてきたとか言うんじゃねーだろうな!?」
「言いませんよ!ちゃんと持ってきてますバカにすんな!ってか車…車ならこんな鈍痛抱えて歩く事も急ぐ事も無かったじゃないですか!」
「だよな俺入れてるの確認したし。仕方ねーだろ急いでて逆に思い付かなかったんだよ!さっき謝っただろうが!」
「誠意がこもってない!大体高野さんがあんなにしなければちゃんと起きられたのにっ…もう嫌だ!次は絶対部屋になんか行きません!」
「悪かったっつってんだろうが機嫌直せよ。それは無理だな。お前が悪い」
「だからおれのせいじゃありません!!」
「お前が可愛いのが悪いんだからお前が悪い」
「なっ…だからっ…もぅ!」

…余計な詮索は何だか彼らに悪いので止めておこう。と、言うか何とかは犬も喰わない。それにどうやら丸川書店に無事着いたようだ。エレベーターに乗り、一度エメラルド編集部に顔を出す。

「おはよう」
「お早うございます!」
「おっはよ〜珍しいね二人して遅刻寸前出社なんて。なにかあった〜?」
「…何もありません!ありませんよ!」
「小野寺資料忘れんなよ!」
「忘れませんてば!今朝入れてるの確認したって高野さん言ってたじゃないですか!コレですよ!あ、じゃぁ会議なんで行ってきます!」
「行ってらっしゃ〜い」

バタバタと資料を抱え会議へと出席する為に編集部を出ていく二人。残された編集者達に疑問を残しながら。

「…今朝入れてるの確認したって何?一緒に遅刻寸前だし。あの二人って…」
「さぁ〜。何にせよ会議間に合って良かったじゃない」
「まぁそだね!さぁって今日も仕事仕事!」


丸川書店少女漫画部門月刊エメラルド編集部は今日も平和です。





桜桃様へ捧ぐ相互リンク記念です。
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