勝手な憂鬱1





拍手とは、本来感動や感激、称賛。総じて良いことがあった時に贈られるものであり、何かしら人々の心に響くものがあった時に起こる事の筈だ。おれだって舞台などを観た時、溢れる感動や感謝を拍車と言う行為にのせ役者を讃え、敬った。つまり、拍手という行為は尊いものであり、故にとても貴重な大切なものだ。拍手を贈られれば、贈った方も贈られた方も笑顔になる。素晴らしい行為なのだ。なのに。
何故おれは、原稿を受け取り編集部に戻っただけなのにエメラルドの編集者たちに拍手を贈られなければならないのか。さっぱり分からない。しかも今日は〆切日であり、今は怒濤の忙しさの筈で。こんな風に拍手なんてものを贈ってる余裕などない筈なのである。

「…な、何ですか皆して。何でおれ拍手されてるんですか?」
「いや、この拍手はまずは羽鳥に向けて。まさかの今回、ビリは吉川先生じゃないもんだから勝利の拍手」
「勝利とかはないですが、吉川千春の連敗記録が一旦途切れた事に驚きを隠せません」
「え…まさか、おれの原稿が最後ですか?」
「そーゆー事!律ちゃんお疲れー!仕方ないよー原稿あがっただけでも素晴らしい!って事で拍手ー!」
「拍手〜」
「…」

うわぁ、最悪だ!まさか吉川先生に負けるなんて…!
そう、今回のビリはおれの担当漫画で、〆切破りの常習犯である吉川千春大先生が、まさかの逆転ホームランを打ってサヨナラ勝ちを決め込むとは思わなかった。原稿を受け取りタクシーの中で確認をして、あとは編集長に見せるだけの状態で戻ったのに。
だからか、…だから拍手で迎えられたのか、おれ。
羽鳥さんには勝者への拍手を。おれには健闘賞での拍手を。
…闘ってはないけども。

「律ちゃんすごい顔。仕方ないって、今回は」
「そうそう、今回は仕方ないよ。よく間に合わせたね。お疲れ様。それよりも、今回吉川先生がビリじゃなかった事の方がこれから何かが起こるかもしれなくて、それはそれで恐怖なんだよ?」
「美濃、どういう意味だ」
「えー?」

ケラケラと笑う美濃さん、あんまりフォローになってません…。

「お前らいいから手を動かせ!小野寺の方は写植終了してんぞ!」
「うっそマジで!?羽鳥!あとどん位!?」
「こちらも終了だ。…今回は全員間に合いましたね」
「…先生、瀕死の状態で頑張ってくれたのになぁ…」
「間に合ったんだからいいんじゃねーの?今回は皆、入稿出来るんだから上々じゃねーか。先生、体調は?」
「あー…。病院行って点滴打ってもらってます」
「うわぁ…」
「今なら簡単に天国が見れる〜とか言われた時は流石に落としてもいいから死なないで!と懇願しそうになりました…でも先生頑張って、ちゃんと仕上げてくれましたから」
「落とさせんなよ進行係。作家の体調管理も仕事の内だからな」
「うっ…スミマセン」

そうなのだ。今回おれの担当漫画家は、風邪をひいて瀕死状態だったのである。それでも描き上げて、こうして〆切に間に合ったのだから先生には拍手を贈りたい。いや、贈らせてもらおう。うん。

「こんばんは、――印刷の者ですが」
「あぁ、どうもこんばんは」
「今日の18時が延ばしに延ばした入稿〆切ですけど、まーさーか、揃ってますよねぇ?」
「あっはっは何を仰いますか。そんな〆切破りの常習犯みたいな言い方しないで下さいよ」
「それはスミマセン。で?って事はトーゼン、出来てるんですね!?」
「えぇ勿論」
「っ!!!?」
「………」

普段どれだけ信用されてないのか分かった瞬間だなぁ…いや、確かにこちらが全面的に悪いんだけど。印刷所のひと、ビックリしすぎて固まってるよ。
かと思ったら、印刷所のひとが徐に手を叩き出した。え、拍手?

「高野さん!感激しましたやれば出来るんですねいつもいつもギリギリの寧ろアウトな言い訳満載なエメラルドさんでもやれば出来るんですね感動しました!まさかこの時間で全部揃ってるとか…吉川千春も間に合ったとは驚きです!今回、気合いをいれて印刷させてもらいますから!乱丁なんて絶対出しませんとも!じゃ、お預かりします!」
「よろしくどうぞー」

そう捲し立て原稿を大切に抱え、疾風の如く印刷所へとかけていった。

「…なんか普段どんだけ俺らが〆切破りをかましてるか分かって複雑だね」
「…ハイ」

あははーと乾いた笑いが起こる。何はともあれ、今月号も無事刊行されるので良かった。
ドカッと椅子に座り込み、暫く皆で放心状態になった。





「小野寺」
「ハイ?」

各々、周期明けの地獄から抜け出したので帰宅の準備を進ませていたら、高野さんに呼ばれた。何だろう?

「お前、これから先生とこ行くの?」
「あ、ハイ。原稿を無事に届けた報告とお見舞いを兼ねて」
「ふぅん、お前体調平気?」
「へ?大丈夫ですけど」
「なら良い。お疲れさん」

立ち上がり、くしゃりと髪を撫でて高野さんは帰っていった。

本当は、先生には原稿を落としてもらって代原で何とか乗り切る筈だった。けれどどうしても先生が描き上げたい!先月号に作品が載ると記載された以上は、ファンのみんなの期待を裏切りたくないと強く望んだので、おれもその思いを胸に、編集長に直談判をした。以前、感情だけで突っ走って発行を危ぶませた事があったので最初は高野さんも渋っていたが、先生のやる気とあと二日あると言う状況下で、何とか許可を貰った。先生に付きっきりで徹夜して、慣れないトーン貼りもやった。写植は出来上がり次第その場で貼って、何度も見直しをして。ようやく原稿が終わったのが午後五時過ぎ。先生を病院まで送ってその足で丸川まで戻ってきた。
何度経験しても慣れない〆切前のこの胃の痛み。仕方ないんだけど。今回はおれが悪い。
編集の仕事は、ただ原稿を受け取ってればいい訳じゃない。先生の体調にもきちんと目を配り(勿論自分自身にも)、それこそ二人三脚で作品を作り上げていく信頼関係あってのものだ。俺はそれを裏切った…少し前に体調が崩れ出した時にしっかりと病院に連れて行ってれば、今回先生はこんなに苦しむ必要なんか無かったのに。
まだまだ自分は新人で、学ばなきゃいけない事がある。悔しいけど、エメ編の人たちの足を引っ張らないように必死にしがみついているのが精々だ。駄目だ、後ろ向きになってる…。
今から先生に入稿の報告とお見舞いに行くのに、おれが暗い顔をしていたら先生が気にしてしまう。しっかりしろおれ!っと気合いをこめて両手で頬をバンッと叩く。
…ちょっと気合い入れすぎた、い、痛い…。
ヒリヒリする頬を擦る。見舞いの品(風邪には桃缶って昔誰かに聞いた)を買って病院まで向かった。





「あ、小野寺さん」
「こんばんは。調子はどうですか?」
「ハイ、点滴打って眠ったお陰か、大分よくなりました」
「それなら安心しました!あ、コレ良かったら…」
「ありがとうございます」

良かった、どうやら先生は大丈夫みたいだ。無事に原稿を届けた報告と、今月号で話の展開もひと区切りつくから、来月は一回お休みしてもらう旨を伝える。
あと、これだけはどうしても言わなきゃいけない。

「あの…先生、申し訳ありませんでした」
「え?」
「先生が体調を崩された時点で病院にお連れしてればこんな事にはなりませんでした…本当に、担当として最低の事をしました。申し訳ありませんでした」

頭を下げる。先生には、謝っても謝りきれない。

「そんなっ…私が自分の体調管理が出来なかったせいなんですから!寧ろ小野寺さんのお陰で〆切にも間に合ったし描き上げられたんです。ありがとうございました。でもスミマセンでした」
「先生・・・」

…先生が頑張ってくれたお陰で〆切に間に合ったんだから、先生には拍手を贈りたかったのに・・・謝らせてしまうなんて。
どうしよう、思考が完全にネガティブモードに・・・と思っていたらふと目に入った花束。小さいものではあるが綺麗な花束で。先生のお見舞い?え、まさか?

「そうそう」
「え?」
「さっきまで高野さんが来て下さってたんですよ。お花も頂いちゃって」
「…あぁそうだったんですか。高野さんが…」
「えぇ、謝られちゃって。私が悪いんですからって言ったんですけど」
「いや、俺が悪いんです…先生は悪くありませんから!」
「いいぇ!…高野さん、小野寺さんの心配してましたよ」
「え…」

ドキッとした。心配?何で…。

「自分を責めるだろうから、適当に流してやってくれって。部下思いな上司ですね」

ニコリと微笑む先生に、本当に気にしないで下さいと言われる。そうこうしている内に、面会時間が終わりだったので、挨拶をして病室をあとにした。




続きますー。

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