三秒の攻防戦




ひとにとって、三秒と言うのは刹那にも似た時なんだろうと思う。ほんの少しの時間。今だって三秒は瞬く間に終わり、新たに時を刻む。ちくたくちくたく…とのこの瞬間も時は刻まれる。それは誰にも止められないし、止まらない。人々に平等に訪れるもの、それは時の刻まれる早さだ。ただ、一秒が長く感じたり(例えばそう、昔は嵯峨先輩に見つめられるだけで刻が止まったように感じた。今思うと息が止まっていた気がする…。呼吸するのを忘れるぐらい、目が合うだけでこれが全てで永遠なんじゃないかという勘違いをしていた…若さって恐い。)すぐに過ぎたり(逆に、先輩と居る時は時間が瞬く間に過ぎてしまって離れるのが辛かった…どれだけ彼を好きだったか思い知らされて居たたまれない…)するのは感情ゆえであり、刻まれる早さは皆同じなのである。
しかしこの場合。

「後三秒だけ待ってやる」
「ちょっ、早っ!」

この三秒は非常に早い。


帰宅時間がたまたま重なったのが運の尽き。例によっておれは高野さん宅に連れ込まれ、楽しくもない夕飯へのご招待をされていた。しかしこの夕飯(高野さん作)が美味なのを過去の経験から学んでいたおれは、夕飯は夕飯!と有り難く頂戴し、酒まで頂くという状況になっていた。時刻は一般的な夕飯の時刻を、まぁほんの…数時間過ぎた位の時で。いつもよりも比較的穏やかに(このひとと居て、心中穏やかに過ごせる筈がない!)時を過ごし、気分も良かった。
此処まではいい。高野さんの機嫌が良くて、セクハラをそんなにしてこなくて。安心してたのだおれは。
…此処は高野さんの家で、言うなればおれは獣の檻に入れられた小動物だったのに。
そうして時は過ぎ、気が付けば午前零時を少し回っていた。明日も出勤だし、帰ろうと席を立つ。

「何、帰んの」
「あ、ハイ。明日も会社ですし。ご馳走様でした」
「泊まっていけばいいじゃねーか」
「そ、そういう訳にはいきません!まだ仕事残ってるし少しでも寝たいし!」

高野さんの機嫌が急降下を始め(ヤバい。早めに逃げ出さないと…)危険を察知したおれは足早に玄関に向かう。

「おい、小野寺」
「スミマセンご馳走様でした!あ、食器類洗わなくてスミマセン!」

ささっと靴を履いて高野さんの家のドアを開けようとしたのに、それは高野さんの手によって阻止されてしまった。

「今から帰って仕事して、起きられんの?」
「ばっ…バカにしないで下さいよ!大丈夫ですご心配なく!おやすみなさいっ」
「おい、待てって」

部屋を出たおれは、鞄の中から鍵を取り出そうと鞄の中に手を突っ込んで探し出す。…どうしてこう、急いでる時に限って探し物って見付からないんだろう!そうこうしている内に、高野さんにこう言われた。

「小野寺、あと三秒」
「はっ!?」
「鍵、探し出すの後三秒だけ待ってやる」
「はぁぁっ!?」

なっ、何だソレ!後三秒で鍵を見つけなきゃおれは再び高野さん家に強制的に連れ戻されるって事ですか!?
慌てるおれを余所に、高野さんは余裕顔でタイムを計り始めた。

「さーん」
「あっ、ありました!ありましたから!!」

無理無理無理!慌ててる所為で三秒で鍵が見つかる筈もなく、確実に三秒は経過してしまっていたけど、嘘でも見つかったと言ってしまえば何とかなると半ば本気に思ったおれの馬鹿!…彼はそんなに甘いひとじゃない。

「嘘つけよ。見つかったんなら鞄ん中から手を出せ」
「た…高野さんが帰ったら部屋の鍵を開けようと思いまして」
「何それ意味わかんねー」

分かんなくて結構なので早く家に戻って欲しいというおれの願いも虚しく、鞄の中から鍵を見つける事が出来ずに結局先程まで居た高野さん家へと逆戻りになる羽目になった。強制的に。
バタンと家のドアを閉められる。…完全に逃げ出せる雰囲気じゃないよ、コレ。どうしよう、着替えとか何もない。…そうか!

「…あの、着替えとか何も無いんで部屋に取りに行ってきていいですか」
「あぁ寝間着?なら貸してやるから心配すんな」
「…アリガトウゴザイマス」

くそぅ、失敗した。そう言って部屋を出て家に帰るつもりだったのに!

「んで?何を持ち帰ってんの?てか先に言えよ、そうすりゃもっと早く始められただろうが」
「…スミマセン」

持ち帰りの仕事は実は無いんです。なんて今更言えず、おれはどうしようと途方に暮れ始めていた。と、言うかホントに帰りたい。高野さんが隣に居て、寝られる筈がない。ドキドキと心臓が落ち着かないんだから寝られる訳がないんだ。おれの貴重な睡眠時間が、ますます削られてしまう。あぁ、もう…!

「あのースミマセン、明日でも間に合いますんで大丈夫です」
「あっそ、じゃぁ寝るか」
「……」

高野さんはそう言うと、おれに向かって白い布を投げて寄越した。

「寝間着。取り敢えずそれ着て」
「…マジで泊まれと?」
「今更何。鍵、見つかんなかったんだろ?」
「…そりゃそうですけど」

…何か可笑しい。別に鍵を無くした訳でもないんだし、ダッシュして帰れば普通に家に帰られるのに、どうしておれは動けないんだろう。
…面倒だからだ。そう、もう時刻は零時半を回ってしまったし、帰るのが面倒になったから。それに抵抗したって彼には通じないし。だからコレは妥協だ。大人しくしてしまえばきっと時が経つのだって早い。
そう自分に言い聞かせて、先程投げられた服に着替えた。

「小野寺」
「何ですか」
「…やっぱいいな」
「はぁ?何がですか!」
「彼シャツってやつ?お前、線が細いから俺のシャツブカブカじゃん。…いいな。ついでに下脱いじまえ」
「ギャー!ちょっと止めぇぇぇ!」

おれの抵抗虚しく、あっさりとズボンを奪われたおれはそのまま高野さんにベッドへと押し倒されてしまった。

「ちょっ…高野さん!」
「…可愛いな。そのまま食われちまえよ」
「アンタその発言はエロ親父だ!」

彼シャツとか何だソレ!それは女の子がするからこその魅力であって、男のおれがやっても魅力にならない!しかも線が細いとかひとが気にしてる事を…!
バタバタとベッドの上で暴れる。抵抗されたのが面白くなかったのか高野さんが内腿を撫で上げてきた。

「うわぁっ…!」
「色気ねー声、…もっと聞かせて」
「だからっ…それエロ親父の発言…!」
「好きだよ、小野寺」
「やめっ…」

耳元でさらりと愛を囁かないで欲しい。
…高野さんの馬鹿。好きとか言うからおれの心臓が高鳴ってしまって、動けなくなってしまったじゃないか。…そんな甘い声で囁かれたら、抵抗する事なんて出来ない。

「好きだよ、律」
「…高野さ」
「…あと三秒」
「…は?」

「認めるまで後三秒だけ待ってやる」
「ちょっ、早っ!」

認めるまで三秒って、三秒って!!早すぎるでしょ!…って、言うか!

「待ったって止めないでしょうがぁぁ!」
「何を今更。可愛い子ぶってんじゃねーよ」
「ぶってねぇぇぇ!!」

笑う高野さんは楽しそうにそう言うと、ぎゅうっとおれを抱き締めて再びベッドへと押し倒した。

「ほらさっさと認めちまえよ。好きですって。簡単だろ?」
「認めないし簡単じゃないから!」
「…強情め」
「アンタに言われたくないっ…!」
「三秒待ったけど言わないからお仕置きだな」
「は!?やっ…ちょっとドコ触ってっ…!」
「素直に言えばいいのに」
「やっ…あっあ、高野さ…」
「律、好きだよ」
「っ…、んっ…」



結局、高野さんにあられもない姿を曝け出す事になってしまった。更に、しつこい程に繰り返された愛の言葉にうっかりほだされそうになったりもしたけれど。
三秒の攻防戦はどっち着かずの延長戦持ち越し。

こうして高野さんから与えられた三秒は、今後も暫くはあっという間に過ぎてしまうんだろう。気持ちの整理に三秒?短い、短すぎる!
でもいつか。その三秒だって越えられる位に認める事が出来るだろうか。高野さんへの感情を。
…今は無理だけど!





高野さんは案外普通にエロ親父発言しそう。好きなのを否定しない律が書きたかったのに何かが可笑しくなった。



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