衝動的 | ナノ

衝動的
気づいた?


しまった、とその表情が如実に語っている。
掴んだ腕をゆるゆると離すと、目の前に立ち尽くしていた彼の、ぽかんとした顔が現実を受け止め始める。
視線がその辺りを漂って、いつもの飄々とした雰囲気は欠片もない。
それはつまり、それだけ彼が動揺しているということでもあった。

「ちょっと…なにすんのよ…」
「悪い」

それしか言葉が出てこないのだろう。責めるでもなく眉尻を下げて問うレイヴンに、ユーリはこれっぽっちも悪いと思っていない声音で返した。
先ほどの、ほんの一瞬垣間見えた後悔の色は、もうすでに身を潜めている。
ダングレストの路地裏で賑やかな雑踏を遠くに聞きながら、レイヴンは今自分に何が起きたのかを反芻していた。

星喰みの脅威が去り、帝国とユニオンの関係も落ち着いてきた昨今。
その両方に所属していたレイヴンは、二つの調整役として忙しい日々を送っていた。
ユーリたち凛々の明星もまた、届け物やらモンスター退治やら、順調に名を売りユニオンにかかせないギルドとして各地を飛び回っている。
そんな二人が顔を合わせる機会はそれなりにあった。だが、それなりにしかない。
今日ダングレストで鉢合わせしたのも、まったくの偶然だった。

『あらあらあら?青年じゃない〜』

最初に声をかけたのはレイヴンだ。
程よく酒が入り上機嫌だった彼は、懐かしい長髪の後ろ姿に駆け寄る。

『おっさん、何してんだ?ハリーが探してたぜ』
『げ、さっき逃げてきたばっかりなのに。ちょっと青年、俺様と会ったことはひとつ内密に』

亡きドンの後を継いだ若きリーダーの名を出され、思わず鼻白む。
その様子を見て、また仕事というか雑務を投げ出してきたのだろうことは簡単に想像がついた。
ハリーの慌てぶりを見るとかわいそうな気もしたが、目の前のレイヴンは控えめに見ても疲れているのがわかる。
『もうさーおっさんこーいうの向いてないのよー疲れたのよー』
『おい酔っぱらい。絡むならよそでやってくれ』
『何よ〜青年冷たいわ〜』

どさりと肩にしなだれかかる。アルコールの臭いが鼻を突いた。
その時だ。雑踏に紛れ、ハリーの声が耳に届く。
瞬間、レイヴンが悪戯を思いついた子供のような顔をした。同時に、ユーリの脳内を嫌な予感が横切っていく。
ぱしん、と腕を取られ裏路地に滑り込むまではそれ程時間はかからなかった。
しーっと唇に人差し指を当て、面白そうに笑う。
こっそりと大通りを覗いていると、ハリーと他数人のギルド員がバタバタと通り過ぎていくのが見えた。

『ったく、なにやってんだよおっさん』
『いいじゃないの青年。あ、青年も飲みに行く?』
『いや、俺は…』

断ろうとして、ユーリはふと気づく。
大の男二人が横並びになるには狭すぎる路地で、ぴたりと張り付いた体。
見上げてくる顔は、どう見ても「おっさん」そのものなのだが。

『…青年?』

黙ってしまったユーリを訝しんで、レイヴンか首を傾げ下からその顔を覗き込む。
掴まれた腕はいつの間にか離されていて、自分がそこから抜け出すのに何の障害もない。
だがユーリは、その状態から動けずにいた。

『ユーリ、どうした?』

「青年」と呼ばれることに慣れきった耳が、それを捉える。
一気に体の温度が上がった気がした。
レイヴンの腕を掴んで、強く引き寄せる。驚きに見開いた目が、視界の中で大きく瞬いた。

キスした、と気づいたのは離れてから。



「…悪い」

とりあえずとしか言いようのない言葉を再度口にする。
ただ、それで誤魔化せるほど昂りは落ち着いてくれはしなかった。

「俺様おっさんよ?」
「…知ってる」
「じゃあなんでよ?」
「酔っぱらいに話す義理はないわな」

必死に自身を抑えつけての言葉。
それにほんの少し、レイヴンが表情を変える。

「なぁんだ。青年、後生だわ」
「はあ?」
「気の迷いって言ってくれた方が、いくらーか楽なのにねえ」

ぽつりと呟いた言葉は、たぶん独り言で。
雑踏の声に消されると思ってのそれは、何の悪戯かユーリの鼓膜を震わせた。





ユーリは無自覚、レイヴンは自覚有り



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