夕暮れ嫉妬心
好きな人の前だから

よく働くなあ、と思いつつぼんやりと彼を眺める。
名実共に騎士団のトップに立ったと言うのに、かつて下町での面倒事にすっ飛んで行っていたころと、何一つ変わらない。
それでも最近はだいぶ落ち着きを持つようになって、部下に任せていい事と自分が出て行くべきところを、きちんと分けて考えられるようになってきた。

「それにしたって、よく動くわねえ」

自然に感想が漏れる。
そうして忙しなく働く彼を見るのは嫌いではなかった。

「すみません、お待たせして」
「ん?ああごめんねえ、別に気にしないでいーわよ」

部屋の入り口で、ソディアと何やら話していたフレンが振り返る。
ひらひらと手を振りながら答えると、彼は申し訳なさそうに軽く顎を引いた。
そして話は終わったのか、失礼しますとソディアが下がる。
ふう、と息を吐いたフレンに、レイヴンは紙の束を手渡した。

「お疲れのとこ悪いんだけどこれ、こないだ言ってたやつね」
「ありがとうございます。わざわざ持ってきていただいて」
「ついでよついで。俺様もこっちでのお仕事があったしさ」

差し出された束を受け取り、確認のためかパラパラとめくる。
一通り目を通して頷くと、それを自身の机へと置いた。
ふと窓から外を見る。すでに日は傾いていて、ザーフィアスの街並みをオレンジ色に染めていた。

「フレンちゃんの部屋は眺めがいいわねえ」

いつの間にか、その窓辺まで来ていたレイヴンが言う。
ええ、と頷いて、フレンはカーテンを閉めた。
少しばかり不満げな顔をしたレイヴンの、その横顔に触れる。

「夕焼けもいいんですけど、外から見えてしまうので」
「フレンちゃんてばあ、そんなに我慢してたの?」
「当たり前です」

はっきりきっぱり真顔で言われ、茶化した方が言葉に詰まった。
もごもごと口を動かしていると、真顔が柔らかく微笑む。

「なんていうか…眩しいわ」
「?カーテンをもう少し厚手のものに変えましょうか」
「えーとそーいう意味でなくて」

夕暮れの日差しが、薄いカーテン越しに入り込んでフレンの金髪をより輝かせているのは事実だが、レイヴンが目を細めたのはそういった理由ではない。
単純に、若さ的な何かのせいだ。
俺も歳とったしなー当たり前かーなどと胸中でつぶやいていると、頭上から苦笑が降ってくる。
訝しんで顔をそちらへ向けると、唇が額に触れた。

「…なんか俺様、子供扱いされてないかしら」
「では」

今度はおかしそうに笑って、彼は少し腰を折る。
耳朶を緩く噛むと、びくりと体が震えた。

「大人らしく、触れましょうか」
「う、あ」

甘い痺れに上擦った声が漏れる。
くるりと体の向きを変えられ、窓枠が背中に触れた。

「ちょっと、フレンちゃん」
「なんですか?」
「なんですか、じゃなくて。ここじゃカーテンしてたって外から丸分かりでしょーが」

器用に片手で羽織の中のボタンを外していくのを止めようと、軽く頭を小突く。
一瞬の間があって、彼はぎゅう、とレイヴンの体を抱きしめた。

「…なに、どうしたのよ」
「本当は」

よしよしと頭を撫でる彼に、低い声でつぶやく。

「カーテンなんか開けてしまって、ここから見える誰もに、あなたが僕のものだって見せてやりたい」

その言葉の意味が瞬時には理解できず、レイヴンが固まった。
普段のフレンからは、あまりに想像しにくい言葉だったからだ。

「……えーと」
「ダングレストになんて帰したくない。ギルドに、ユーリのいる場所にあなたが『帰る』こと自体が悔しすぎる」
「………フレンさん?」
「そもそもあなたの部屋はここにもあるのに、あなたはここへ『帰る』とは言ってくれない」
「だってそりゃシュヴァーンの私室だもの、俺様ただのレイヴンだし」

シュヴァーンの部屋がそのままになっているのは知っていた。
ギルドと騎士団を行き来するようになって、ザーフィアスに泊まる必要があり、なおかつフレンがいない時はそちらを使うこともある。
あるにはあるが、彼としてはそこはあくまでシュヴァーンの部屋であり、レイヴンの部屋ではないのだ。

「……わかっては、いるんです」

やがて静かにフレンは言った。

「あなたがレイヴンとして生きていること。シュヴァーン隊長として戻る気もないことを」
「……うん」
「それでも…悔しいものは悔しいんです」
「ねえ、フレンちゃん」

丸めた背を優しく撫で、もしかして、と前置きしてレイヴンは問う。

「青年に妬いてんの?」

返事はない。
ないが、短い金髪から覗く耳と首筋が真っ赤に染まっているのが見えた。
恥ずかしいのか、顔を肩につけたまま上げようとしないフレンを、とりあえず抱きしめ返す。

「やーだもうフレンちゃんかわいい!」
「レイヴンさん、ちょ、っと、苦しい、です」
「ごめんごめん、もーちょっとぎゅーってさせてー」

いつもはされるばかりだから、と笑いながらぎゅうぎゅうと両腕に力を込めた。
ひとしきりそうして気が済んだのか、力が緩むと今度はフレンの頭をこれでもかというほどぐしゃぐしゃにする。

「情けない…あなたにこんなこと、言いたくはなかったんですよ」
「まったく、フレンちゃんも青年に負けず劣らずかっこつけだよねえ」

まったく似ていないように見えて、二人の幼馴染は本当によく似ている、とレイヴンは思った。

「…おっさんもね、たまーに思うよ。こっちにいたいって」
「たまに、ですか」
「だってフレンちゃんのことだけ考えたらさ、そう思うけどね。そういうわけにいかないもの」

ふ、と笑う顔は寂しげに見える。

「シュヴァーンはさ、あの戦争の時に死んでたのよ。そういう決着にしないと、シュヴァーンも浮かばれないでしょ」
「今更戻るわけにもいかない、と」
「大事なもの、壊し過ぎたからね」

穏やかに言う、その背からオレンジの光が差し込んだ。
顔を上げたフレンの目に、彼がそのまま消えてしまいそうに写って、咄嗟に腕に力が入る。
見透かしたように、消えたりしないわよ、とレイヴンは静かに言った。

「でも、ありがとね。そんで、ごめんね?我慢させて」
「……呆れてないですか?」
「ないない、嬉しいわよ」
「嫉妬したことも?」
「それも、ちゃんと嬉しいわよ?かわいいフレンちゃん」

からかうように言うと、それに反して真剣な顔が彼を見る。
それはすぐににこりと柔和な笑みを作り、同時に軽い寒気が背筋を走り抜けた。

「そうやって茶化すということは」
「え?」
「実際のところ、僕がどれだけユーリに嫉妬しているかがレイヴンさんにはわかってもらえてないみたいなので」
「……フレンちゃん、おっさんどーにも嫌な予感しかしない」
「体で理解してもらおうかと」

爽やかな笑顔のその背に、大魔王の羽根と尻尾が見えたような気がした。





表に出さないだけで内側はアレなのがフレンちゃん





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