さらなる一歩
あなたの弱いところはもう知っている

どん、と音を立てて酒瓶が目の前に置かれる。
細いところを掴む手を遡ると、満面の笑みのレイヴンと目があった。
同時に、その後ろの扉からこっそりユーリとラピードが出て行くのが見える。
幼馴染の行動を理解できないまま、フレンは首を傾げた。

「どうしたんですか?これ」
「よっくぞ聞いてくれました!」

聞いてもらえたのがよほど嬉しかったのか、無駄に胸を張ってレイヴンは答える。

「年代物で値打ち物なのよ!ただ、ちょーっと度がキツいの」
「へえ…珍しいんですね」
「そうなのよ!せっかく手に入れたから、青年にも…あれ?」
「ああ、ユーリならさっき出ていきましたよ」
「おっさんの酒が飲めないとでも言うのかしらまったく失礼ねえ」
「僕でよければ、ご一緒しますが」

それを待っていたと言わんばかりに、レイヴンの顔が輝いた。
言うが早いか、フレンは宿の部屋に備え付けの食器棚から手頃なグラスを取り出すと、同じく備え付けのテーブルに置く。
うきうきしながらレイヴンが酒を注ぐのを見ながら、フレンは微笑んだ。


「〜〜〜〜というわけなんですよ!」
「へぇえええ」
「まったくユーリはいつもいつもいつもいつも僕の言い分なんて聞かなくて」

酒盛りが始まって約二時間。
目の前でくだを巻くフレンを眺めながら、レイヴンはちびちびとグラスの中を舐めていた。
あらかじめ強い酒なのは解っていたし、そもそも酒は好きだがそれほど強くない。少しずつ口にしているおかげで、まだフレンほど酔いは回っていなかった。

「フレンちゃん、絡み酒ねえ」
「絡む話が大量にある方が問題だと思いませんか」
「…否定はしないでおくわ。ほい、お水」
「すみません…少し、浮かれて飲み過ぎました」

言って水を半分ほど流し込む。
確かに普段よりフレンの飲むスピードは早かった。
強いわりには飲みやすい酒であることもその要因のひとつではある。
ひとつではあるのだが、とレイヴンは眉をひそめた。

「浮かれて、ねえ?なんかいいことでもあったの?」
「あなたがそれを聞きますか?」
「へ?」

何の気なしに言った言葉に真顔で返され、今度はきょとんとした顔を向ける。
よく動く表情だと思いながら、フレンは席を立った。
備え付けの椅子はひとつしかない。フレンがそれに座り、レイヴンはベッドに腰掛けている。
立ち上がったフレンに嫌な予感を覚え、その場を移動しようとしたレイヴンのその肩に手が置かれた。
いくらか不自然な動きでフレンを見上げる。相変わらずの柔和な笑みの、その目は笑っていないように見えた。

「あの、えっと、フレンちゃん?」

不安げな声には答えず、レイヴンのグラスを空いた手で取り上げる。
それをテーブルに置くと、もう片方の肩を掴んだ。
どさりと音がして、レイヴンの目に天井が映る。
それも一瞬のことで、次に視界を埋めたのは鮮やかな金髪だった。
するりと指先が移動して、括っていた髪が解かれる。

「僕は、どちらのあなたも好きなんですよ」
「は?」

ぽかんと思わず口が開いた。
見上げる先には、邪気など一切なさそうに見える笑顔がある。
何を言われているのかよく理解できずそれをぼんやり眺めていると、開いたままだった口を塞がれた。

「ん?んー?!」

衝撃で我に帰り、フレンの下から抜け出そうともがく。
だが現役騎士団長に力で敵うはずもなく、逆にしっかりとベッドに抑え付けられてしまった。

「ん、っ」

ぬるりと湿った舌が滑りこんできて、思わず鼻にかかった息が漏れる。
いやいやいやいやまずいまずいまずいと脳内で同じ言葉がリフレインするが、押し返す胸板はびくりともしない。
口の中を這い回る舌にぞくりとした感覚が這い上がった。同時に服の裾から、ひやっとした感触の指先が肌に触れる。

「フレンちゃん!フレンちゃんちょっと待った!待ったってば!」
「嫌です」
「嫌です、じゃなくてっ…ひうっ」

冷たい指先が脇腹を撫で、思わず体が跳ねた。
同時にゴツっと鈍い音がして、フレンの動きが止まる。

「ったく何やってんだ」
「およ、青年…」

フレンの肩越しに見えるのは、黒い長髪。
呆れたように息を吐いて、ラピードと共に戻ってきたユーリは言った。

「だーからフレンと飲むのはやめとけって言ったんだ。様子見にきたらこれだ」
「えええー…そーいう意味とかわからないわよう…だったら青年もいてくれればよかったのに」

いそいそと乱れた服と髪を直しながら、レイヴンも安堵の息を吐く。

「俺は最初に忠告しただろ。こいつ、酒強いから滅多に酔わないんだけどさ。酔うと始末悪いんだよ」
「よーくわかったわ…ちょっとおっさん酔い覚ましてくる…一人もさみしいからワンコ借りていい?」
「気をつけろよ」

呆然自失、といった様子でフラフラと出て行くレイヴンと、やれやれといった様子でそれについていくラピードを見送って、ユーリは顔面からベッドに突っ伏しているフレンの横に腰を下ろした。

「焦り過ぎだろ色男」

そのつぶやきに返事はない。
狸寝入りなのは解ってんぞ、と続けると、深いため息だけが聞こえた。
押しに弱いのは知っているなら、後は勢いだけだろと発破をかけたのは誰だと恨みがましくユーリを見る。
それから再度息を吐いて、フレンは言った。

「まあ、手応えはあったからいいか」




「びえっくしゅ!」
「クゥン?」
「あー冷えるわねえ…ワンコ、そろそろ戻ろっか」
「ワン!」



確信犯フレン。
Back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -