冴島の組事務所には駐車場がない。

ひっそりした雑居ビルに、やっぱりひっそり構えられている事務所には質素な看板に

太い毛筆で組の名前が書いてあるくらいで飾り気がない。

100m程離れたコインパーキングに愛車を止めて組までの距離をいつも

彼らしいと思いながら歩く。



「こんにちはぁー。」



どこにでもあるような磨りガラスのついた鉄製の扉をくぐりながら声をかける。

事務的なパーテーションと机があるばかりで、やっぱり小洒落た装飾品はひとつもなかった。



「あれ、どうしたの。」



無人かと思われる程静かだった事務所の奥から馬場がひょっこり顔を出した。

なまえは鳩目のついた大きな封筒と、手土産の洋菓子の入った紙袋を持ち上げた。



「さっき電話したら居るって言ってたのに。」

「あぁ、もうすぐ帰ってくると思うけど。」



冴島から依頼された案件は、特段急ぎという訳ではなかった。

この所別件で立て込んでいると伝えると、なまえの手が空いている時で構わないと言ってくれた好意に甘えて

2週間経った休日に、出来上がった書類を持って組事務所を訪れている。



「あ、渋谷の新しいやつ。」

「よく分かったわね。」



遅れてしまった非礼も兼ねて差し入れを用意した、渋谷に新しくできたシュークリームショップは列をなしていた。

いかにも『私、流行に敏感なんです。』と言わんばかりのファッションに身を包んだ人々が

携帯片手に俯いて並んで居るのは異様だった。



「でも冴島さん、洋菓子嫌いなんだよね。」



中身を見た馬場が首を捻る。

それなら先に頂いちゃおうということで、馬場が珈琲を淹れてくれた。

インスタントコーヒーをドリッパーで丁寧に淹れた頃、先ほどなまえがくぐった扉が開いて

城戸が元気なく入ってきた。



「どぉもぉ…。あれ、なまえさん。」

「城戸ちゃん、久しぶり。」



力なく笑う城戸の分も珈琲を淹れてやる、馬場は結構面倒見が良い。

手際よく珈琲とシュークリームを並べる彼を見ていると、きっと馬場は堅気であれば

オシャレなカフェの爽やかなイケメン店員とかが似合うと思った。



「はぁ…」



これ意外と美味しいねなんて馬場と話しながらシュークリームを頬張っていると

城戸が今日何度目かの溜息を吐く。

向かいに座るなまえと馬場が顔を見合わせて肩を竦めた。



「どうしたの、城戸ちゃん。シュークリーム嫌いだった?」

「元気だけが取り柄みたいな男から元気を取ったら、何も残らないじゃないか。」



なまえと馬場が口元のクリームを拭いながら問いかけると

城戸はちらりと顔を上げ、珈琲をぐびりと飲んだ。

まだ熱いはずの珈琲だけれど、酒かなにかと間違えているのだろうか。



「またフラれたんすよ…」

「またかよ、早ぇな。」



馬場が呆れたように溜息を吐く。

なんだそんなことか、とはなまえも思ったけれど口には出さないでおいた。

城戸はほとんど毎月、女に振られては意気消沈している。

だいたい1週間後には新しい女が出来て、これは運命の出会いだ!と騒ぎ立てるので

城戸のテンションの周期で、あぁ今月ももう半ばかなんて思ったりする。

便利。



「今回はなんで振られたの。」

「心辺りねぇっすよ、俺。」



最初の方こそ心配して色々気にかけていたりしたものの、最近ではなまえもすっかり慣れて

何故城戸が振られたのか、理由を聞くのもちょっと楽しくなっている。

半年程前に振られた理由は確か、彼女を喜ばせようと部屋一面に薔薇を敷き詰めて怒られたとか。

頑張り過ぎて空回りしちゃう、残念なタイプなのだ。



「絶対あるでしょ、何言ったの。」

「何すかねェ… あ、俺、墨増やそうと思って。」



右腕に大きく彼女の名前を入れようと提案したのが最後の会話だったそうだ。

左手で大きく右肩を指しながら、如何にもヤンキーらしい当て字のデザインを説明する城戸に

馬場となまえは引きながらシュークリームをつまんでいた。



「さむ」

「ださ」



ティッシュで親指のクリームを拭いながら、なまえと馬場がハモる。

城戸は優しく、根は良いやつなのだけれど

やることなすこと、ちょっとズレているのだ。



「マジすか。めっちゃ喜ぶと思ったんですけど。」

「お前は重いんだよ、毎回毎回。」



馬場は素っ気なく言いながらちらりと時計を見遣って灰皿を持ってきた。

たぶん、冴島はまだ帰ってこないということだろう。

目線で馬場が吸うかと問うてきたので、なまえは無言でバッグから煙草を取り出した。

何一つ華美な装飾が見当たらないこの事務所の灰皿は

いつもピカピカに保たれている。














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