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面倒臭い科目の、試験範囲のノート。
購買で人気のパン、放課後の掃除当番、自販機の紙パックのジュース。
そんなものが通貨として罷り通る特殊な空間。
休み時間の教室の一角は時として小規模なラスベガスになる。
「ふざけんなよ、谷村、お前イカサマしてんだろ。」
「見破れない方が悪いんだよ。」
餌食にされた生徒が苛立ちながら罵声を浴びせても、谷村は相変わらずドヤ顔のままだ。
今日の成果は最近自販機に新しく入ったばかりの、いちご牛乳プリン味。
別に好きなわけではないけれど、味が気になっていたのでまずまずの成果だ。
机の上に散らばったトランプを集めながら戦利品をこれ見よがしに手に取る。
ほうほう、これが噂のいちご牛乳プリン味ですか。
「やべっ、みょうじなまえだ。」
勝負を見守っていた野次馬が小さく声を上げる。
ギャラリーが途端にガタガタとトランプを集め始めた。
谷村が顔を上げると、なまえが教室へ入って来るところが見えた。
内申点の権化のような模範生徒のなまえは有名だった。
生徒会役員というだけでも十分距離を置かれがちなのに、更になまえを近づき辛い人物像に仕立て上げているのは
きっとその無表情と、落ち着いた立ち居振る舞いの所為だろう。
「おい何やってんだよ、お前も手伝えよ。」
なまえの挙動を見つめていた谷村に、野次馬が声をかける。
一応校則で禁止されている娯楽品を、なまえに取りあげられてしまうことを恐れているのだろうか。
反射的に手を伸ばした谷村の指の隙間から零れ落ちた1枚が
なまえの足元へ滑り込む様を見た時など、ギャラリーが一様に固まっていた。
ぱらり、となまえの足元へ落ちたトランプを認めると、彼女の足が止まった。
規定通りの室内履きは1年生のように綺麗だった。
長い髪を揺らして床に落ちたトランプを拾い上げ、差し出す様を
谷村はスローモーションのように見ていた。
「落としたけど。」
長くも短くもない爪は整えられていて、白い指は思った通り細かった。
差し出されたスペードの5を受け取りながら、谷村はなまえの指から顔へ目を向ける。
「取り上げないんだ?」
「そういうのは風紀委員の仕事でしょう。」
冷たくそう言うと、なまえはそこから少し離れた彼女の席に着いた。
綺麗に整頓された鞄から次の教科の参考書を取り出す。
杞憂な結果に終わった事の成り行きを、ギャンブルに参加していた生徒たちは
呆気に取られながらなまえの背中を見つめていた。
「ねぇ、アンタもやんない?みょうじサン。」
黙々と次の授業の準備をしているなまえの席の前に回って、声をかける。
告げ口対策に巻き込んでおくのもひとつの手だったし、学年1位の秀才が自分のイカサマが見抜けるのかとても興味があった。
それに何といっても、美人と名高いなまえとお近づきになれるチャンスなのだから。
「やりません。」
予想通りの取りつく島もない答えにも谷村は引き下がらない。
これでもファンクラブが出来る程の自他共に認めるイケメンなのだ。
多少の条件提示で落ちない女は居ないと、この歳にして学んでいる。
「じゃあさ、アンタが勝ったらデートしてあげるから。」
「結構です。」
これまでこの条件で落ちなかった女はいなかった。
それが例え彼氏持ちの女子生徒でも、社会人のOLでも人妻でも。
秒速で返答するなまえが何と答えたのか、谷村には瞬間理解できなかった。
「マジか。じゃあ、えーっと…」
「結構です。そんなに暇じゃないんです。」
きちんと定規で引かれたマーカーのついた教科書から目を上げたなまえが言い放つ。
何か反論しようとしたが、谷村の開きかけた口は
始業のチャイムで強制的に閉じられることとなった。
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