You know you deserve better







昨日遅くまで起きていたせいで、どうにも目が醒めない。

加えて午前中の体育が意外にハードだったことと、その後つまらない教科が続いたことで

馬場の眠気は頂点に達していた。

少し目を休めようと、机に突っ伏して顔を横に向ける。

換気の為に開け放した窓でカーテンが揺れるのを見つめて居ると、なんとなく癒された。

そしてカーテンと馬場の間で静かに着席して読書をしているなまえを

見るともなしに眺めていた。



小さな文庫本から垂れる細い糸の栞が、カーテンより少し遅れて風に揺れる。

綺麗な黒髪が柔らかくなった太陽光を浴びて光りながら制服に流れている。

時折指先でページをめくる以外は微動だにせず、

注意して見ると長い睫が文字を追うように上下に動いているのがわかった。



美人だな、と改めて思う。

例えばここが湖の畔だとして、白いワンピースを着て大きな鍔の帽子をかぶっていたなら

きっとその脇には暖かいハーブティーが用意されているのが似合うと思った。

風に乗ってなまえのいい匂いがする。

石鹸のような香りは彼女の長い髪の匂いだろうかと少しドキドキする。



「何?」



唐突になまえが口を開く。

目線は相変わらず本の中でも、それが馬場に対する問いかけだということはすぐにわかった。



「何読んでるのかと思って。」



気づかれていたか、と少しバツが悪いのを隠したくて

相変わらず突っ伏したままそう返す。



「ただの小説だけど。」



規則的にめくられていた紙の音が、少しゆっくりになる。

集中をそいでしまって悪いことをしたと思うが、なまえの気が本からこちらに移ってくれたことに少し嬉しくなる。



「ふぅん、どんな。」

「どんなって、ただの恋愛小説よ。」



それきり黙ったまま、またなまえは本の中へと還って行った。

先ほどと同様、馬場も日差しの中でなまえが読書へ没頭するのを見つめる作業に戻った。

きっと経済書や啓蒙本かなにかを読んでいるのだろうと思っていたなまえが

恋愛小説を読んでいると知って青臭い妄想を繰り広げる。

なまえはその主人公と自分を重ねているのだろうか。

相手は誰を想って、どんな気持ちで読んでいるのだろうかと考える。



「なまえー、先輩が呼んでるけど。」



同じクラスの女子生徒がなまえを呼びに来る。

教室前の廊下でなまえと同じ委員会の先輩が立っているのが見えた。

なまえは女子生徒に礼を言うと、小説を机の上に置いて廊下へ向かっていった。

ふと、手を伸ばしてみる。

細い栞が挟まれたページを手繰ってみると、ちょうど盛り上がっているシーンだった。

身分違いの、歳の離れた壮年の男とまだ若い少女の恋愛だった。

男が好きで好きで仕方がない、天真爛漫な少女が求愛をしている。

常識ある年上の男はそれを受け取ることはできないまでも、やぶさかではないようだ。

少女が全身全霊で彼を愛し、体中から愛していると伝えているのが良く分かった。



「返してくれる?」



いつの間にか戻って来ていたなまえが、馬場へ手を差し出していた。

小説を渡すと、また元の席に戻って本を開いた。



髪を掛けた耳がほんの少し赤くなっているのがわかった。

照れているのだろうと判断し、そっとしておいてやろうとまた机に突っ伏した。

自分の勘はあながち間違ってもいなかったことを少し後悔する。

きっとなまえは小説の主人公に自分を重ねている。

現国の成績は常に優秀な癖に、やたら質問に行く姿や

厄介なクラス代表を進んで引き受ける姿や、昼休みに校庭裏に出かけていく姿の答えが

今見つかってしまった。



「意外だった。」

「女子高生が恋愛小説読むのが、意外?」



相変わらずなまえの目線は本の中にある。

きっと今頃たくさんの愛の言葉を並べたてる少女と自分の姿を重ね合わせているのだろう。

だって現実は小説と違って、そんなことはできないから。

きっとなまえの気持ちを知れば冴島先生だって困るだろうし、何より

なまえは自分の気持ちをそんなにストレートに伝えられるタイプではない。

だからこそあの主人公に自分を重ねて、叶わない恋から一時的に逃避しているのだろう。



「残念だったね、今日は現国なくて。」



少し意地悪をしてやろうとそう言うと、バッと振り返るなまえが大きな目を見開いている。

無表情で落ち着いていて、大人っぽくて綺麗で賢くて。

そんななまえが頬を赤くしているものだから、馬場は胸がチクリと痛むのに気づいた。








かなわないとりながら




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