アヴェ


















珈琲をたっぷりと淹れて、テレビではなくBGMをつける。

ギターの音の合間に雨の音がする、珈琲が一層美味しく感じられた。

ソファの隣で冴島が新聞を捲るのに凭れながら、なまえは資格の参考書を読む。

老眼を認めないけれど新聞を読む時には眼鏡をかける冴島の横顔は好きだ。



「せや、今日やんか誕生日。おめでとさん。」



ふと日付欄を見て、思い付いたように冴島が祝いの言葉を口にした。

なまえは参考書からちらりと目線を外すと、うん、と頷いただけだった。



「いくつになったん。」

「世の中には知らない方が良い事も、あるのよ。」



今日はなまえの誕生日、別に何も特別なことは予定していない。

夜になったらワインを開けようと思っていたくらいで、それも大して高いものじゃない。

田舎の両親に毎年花を贈るくらいで、何事もなく淡々と過ぎていく。

珈琲の湯気がくらくら揺れるのを何となく見つめていると

携帯にメッセージの通知が表示された。

ある女性向けのアプリでは、設定した誕生日になると今年一年の運勢なんかを送ってくる、

お節介な機能が付いている。

なまえはソファの端に参考書を置いて携帯を手に取ると

だらだらと信憑性の薄い三文記事を読んでみた。



「そんなん真に受けるん。」

「受けないわよ。」



隣で冴島が眼鏡越しに携帯の画面を覗き込む。

今年のなまえの運勢は良いようで、金星がほにゃららの位置に来たからお金が溜まるとか

守護星のナントカが云々だから恋愛運が上昇するとか

記事は少しだって頭に入って来なかった。



「冴島さん、信じる派?」



なまえが首を傾げながら問うと、冴島は眼鏡を外して眉間を揉んだ。

そうして煙草に火を点けながら、深い深い溜息を吐いて

あほくさ、と呟いた。



「相性占いある。やる?」

「やらんわ。」



ページをスクロールした先に、日付を入力するタブが表示された。

にべもなく却下されたので、暇潰しがてらに誰か知っている人の誕生日を入れてみる。

どうせ集中力は戻らない、値の張った参考書はあまり参考にならなかった。



「あ、めっちゃ相性良い。」



なまえの呟きに、咥え煙草の冴島が再度画面を覗き込んだ。

『相性100%!理想のカップル、運命の人!』と書かれた画面は

ピンクのハートで埋め尽くされていた。



「結局やったんかい。」

「うん、真島さんと。」



入力した日付は5月14日、別に真島に対して特別な思いを抱いている訳ではないが

ただなんとなく、あぁ、こないだ誕生日だったなぁと思い出しただけだ。

5月14日生まれの、破天荒で放っておけない、母性本能を刺激するタイプの彼と

理論的で現実主義のなまえとの相性は抜群なのだと記事は謳っていた。



「おかしいやろ、入力違いと違うか。」

「何、信じないんじゃなかったの。」



ソファの隣で冴島が動くと、革がぐにゃりと沈んだ。

携帯を取りあげようとする冴島の腕を、身を捩って回避したけれど

彼の長い腕は悠々と携帯を取りあげた。



「ちょお、貸してみ。」

「やきもち。」



取りあげられた携帯を苦笑いで渡しながらおどけてみると

冴島は今しがた外したばかりの眼鏡をきちんと掛け直した。



「何とでも言え。」



唇から煙草を抜き取って灰皿に据え、きゅっと眉間に皺を寄せる冴島に呆れてしまう。

なまえが珈琲のお代わりを淹れに立ちあがると

遠くの空の雨雲が少し晴れているのが見えた。









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