パールホワイトのZFX















小学生にも、大学生にも、会社勤めの人間にも休みがあるように

極道にだって、休みがある。

幼稚園にも、高校生にも、はたまた警察にだってあるように

極道にだって、連休もあるのだ。



久々の連休、しかも近年稀にみる3連休。

林は繁華街のマンションから実家へ帰省していた。

大阪は南部の、ちょっとした空き地に近所のおばちゃんがネギを植えているような

学生時代のデートスポットはもっぱらジャスコだったような、そんな場所。

2階建て木造家屋の、2階の日当たりのいい部屋はかつて

林少年が目を輝かせてジャンプなんかを読んでいたりしていた。

今ではヤニの染みついた板壁が夕日に焼けて、古い動かなくなったラジカセが埃をかぶっている。

林、現中年は連休2日目、一歩も外へ出ず部屋でゴロゴロとテレビを見ていた。



「弘ー!ちょっとは降りてきて手伝わんかい!」

「わかっとるわ!」



階下からの母の声に、大声で返す。

居間ではきっと同じ番組を見ているのだろう、電子的なバラエティの効果音に交じって

時たま父の低い笑い声が聞こえる。

中小企業を定年退職した父の専らの趣味は蕎麦打ちとのことで

昨日の夕飯は彼が腕によりをかけたざる蕎麦をたんまり用意してくれたのだけれど

あまり美味しいとは言えなかった。

それでも林が美味いと褒めると、上機嫌になったのか自分は呑めないビールを勧め、

母は肉じゃがだの烏賊の炊いたものなんかを、腹がはちきれるくらい出してきた。



「弘、もう、いつまでダラダラしてんの!」

「わぁっとるっちゅうてるやろ!」



ダンダンと乱暴に階段を昇ってくる音がして、ノックもなしに部屋の扉を開けられる。

横に寝そべりながらテレビを見ていた林が怒鳴りながら振り返ると

母親ではなく、なまえが居た。





「親に向かってその口の利き方はなんやねん。」



ゴッ、と鈍い音がしてなまえの膝蹴りが林の背中にクリーンヒットした。

ちょっと息が止まるこの感じ、東京の桐生という男とやりあった瞬間を思い出した。



「何してんねんお前、人ん家に勝手に上がってくんなや。」

「人ん家って何やねん、別嬪の幼馴染に向かってえらい言いようやなぁ。」



中学校まで一緒だったなまえは、家も近く両親が仲が良いということもあって

頻繁に家で夕食を摂るような女だった。

なまえの両親は共働きで、どちらも朝早くから夜遅くまで留守にしていたから

なまえは自分の両親をおとん、おかん、そして林の両親のことをお父ちゃん、お母ちゃんと呼んだ。



「なまえちゃんもよう言うたって、この子ダラダラして全然動けへんのよ。」

「お前久々に帰って来たんちゃうんかい、親孝行せぇよ。」



寝そべる林を足でドリブルしながら、なまえは林を部屋から追い出した。

階段の手前でなんとか立ち上がり、急かされながらリビングに降りると

もうすぐ夕飯の出来そうな匂いがしていた。



「お母ちゃん、連れてきたで。なんか手伝おか。」

「ほんならお皿拭いて。」

「よっしゃ。」



なまえは林について居間に入ると、そのままキッチンへ向かっていった。

都会的なスーツのジャケットをダイニングの椅子にかけて、腕まくりをしながら手を洗う姿は

どこぞの料理番組のアナウンサーのようで不似合いだった。



「なまえちゃんも呑むかぁ。」

「呑む呑む。あ、お父ちゃんビールはあかんで。焼酎にしときや。」



痛風でビールを禁止されているはずの父がいそいそと廊下のビールケースから瓶を取り出すのを

なまえは見やりもせずに制した。

焼酎を渋る父の前にお湯と梅干と割箸を置いて、これも結構いけるでと言い放った。



「なまえちゃんも座っとき。仕事、忙しいねやろ。」



ほとんど料理の支度を終えた母が、なまえと食卓に品を並べながら声をかけた。

3人家族の林家において、4人掛けの食卓にはもう定位置が決まっていた。

母の隣になまえ、その向かいに林と、隣に父。

最後に味噌汁を運びながら、なまえと母が食卓についたのは結局同時だった。



「忙しいよ、お蔭さまで。」

「せやったらお前も家帰れや。」



なまえが林のグラスにビールを注ぎながら答えるのを、なんとなく返杯しながら返した。

高校を中退した林は、市街のお嬢様学校へ進学したなまえの両親とそれ以来会っていない。

ただ娘だけが、時折帰宅するとあたかも家族の一員のような顔で

林の分のハンバーグまで食べていたりすることがあっただけだ。



「あんた、知らんの。なまえちゃんの家引っ越しはったやん。」

「引っ越したって、どこに。」

「オカンはアメリカやろ。オトンはフランスか、どっかちゃう。」



しれっと言いながらなまえは漬物を口に運んだ。

ポリポリと良い音がした。



「なんや、離婚しはったんか。」

「離婚ちゃう。仕事や。」



国家資格持ちの両親を持つと、娘は苦労するらしい。

なまえの両親のラブラブっぷりは近所でも有名だったけれど、誰も彼らが一緒にいるところを見たことはなかった。

なまえの家のリビングに飾ってあった写真はほとんどなまえばかりで

3人揃って映っているのは、彼女の3つの七五三の時の写真だけだった。



「弘はどないなん。ヤクザ頑張ってんの。」



ヤクザを頑張るという表現が果たしていかがなものかとは思ったけれど

とりあえず仕事を頑張っていることには変わりないので、林は頷いた。



「ほんまに?鉄砲玉ばっかやってんちゃうの。」

「ちゃうわ、ボケ。東京出張とかあるわ。」



嘘、となまえが箸を止めた。

つい先日東京の高層商業施設で、東京の有名な極道と殴り合ったばかりだ。

まぁ負けたけれど。



「やるやん、出世してんねや。」

「まぁ、そこそこやな。」



その後は他愛無い、近所のどこそこの息子さんが結婚しただの

豆腐屋の嫁が無愛想だの、小学校の先生が定年だの、なんて話しながら夕飯を口に運んだ。

茄子の煮浸しに大葉と大根おろしを添えたのに、なまえがお母ちゃんこれめっちゃうまいと騒ぐと

当たり前やん、あんた前も言うてたわ。と母は呆れた顔で返した。

口いっぱいに白米とおかずを頬張りながら、時折器用にビールを呑む。

付けっぱなしのテレビのバラエティに出ているタレントを指して、あの人のドラマおもろかったで、なんて呟く。

白と黒の、カッコいいスーツのブランドは確かプラダだと思う。

そんなスーツを着たまま茄子の麺つゆをこぼさずに、なまえは夕食をすべて食べ終えた。



「あー、ごちそうさま。あかんお母ちゃん、動いたら吐くわ。」



動いたら吐くと言いながら、なまえは食器を母と一緒に洗っていた。

調味料や茶椀なんかを食卓から台所へ運びながら、何度も何度も吐きそうやと言っていた癖に

テレビで流れていたシュークリームのCMに、美味しそうと呟いた。



「なまえちゃん、先お風呂入る?」

「いや、うち後でええわ。お父ちゃん入りぃ。」

「ちょお、なんやお前、泊まってくんか。」



林が突っ込むと、3人が当たり前やん、と言いたげな顔で振り返った。

1階には居間と両親の寝室、台所、風呂。

2階には林の部屋と、かろうじてもう一部屋あるけれど

そこはとても人が眠れるようなスペースも、暖房のひとつもなかった。

そうなると消去法でなまえの寝床は林の部屋しかないわけで

中年とはいえ働き盛りの男女がひとつの部屋で寝るというのは、いかがなものかと林は焦った。



「ええやん、別に。一晩中あたし漫画読んでるから。」

「漫画くらい貸したるからホテルかどっか行けや。」

「特攻の拓持ってホテル行くアホがどこにおんねん。」



さすがに27巻となると、ちょっと重いしなぁなんて考えていると

なまえはさっさと林の部屋へ引き上げてしまった。

若い頃購入したエロ本くらいは隠しておいた方が良かろうと、林も慌ててなまえについていくと

部屋に入るなりなまえは床にちらりと見えていたエロ本を、無言のまま足でベッドの下に移動させ

何事もなかったかのように本棚から特攻の拓の4巻を取り出して読み始めた。



「ホンマに読むんか、それ。」

「おもろいやん。マー坊好っきゃで。」



それっきりなまえは腹這いでベッドを占領して、漫画の世界に入っていった。

用意周到にも枕元には10巻までを積み上げてある。

テレビを点けるのも悪かろうと手持無沙汰に煙草を吸いながら林が美味しんぼを手に取ると

なまえの携帯が着信を示すバイブを鳴らした。

思いっきり爆音小僧になりきっていたなまえは漫画から目を離さずに携帯をつかみ取ると

液晶を見て明らかに嫌そうな顔をした後、林の方をちらりと見て

一応、出ていいかと目で問うてきた。

林が無言で頷くと、彼女は腹這いからベッドの淵に腰を掛けなおして

そっと液晶を指でなぞった。



「お世話になっております、社長。…えぇ、勿論ご用意してございますわ。来週の…」



流暢な共通語を話しながら、なまえの声はとても高く、品の良さを装っている。

丁度私も、そろそろ社長とお食事でもと思っておりましたのなんて嘯きながら

膝をついた片手は特攻の拓のページをめくることをやめない。



「えぇ、では商談後にでも是非…あら、海老なんて楽しみですわ。…えぇ、えぇ。」



何度かやり取りをした後に、なまえは品良く挨拶を告げて

相手の電話が切れるまで通話をオンにしていた。

暗くなった液晶を確認すると、彼女は携帯を放り出してやっと漫画から目を離し

にやにやしている林をにらみつけた。



「何。」

「何もないわ。」

「何やの、気色悪。」



バリキャリの両親同様、なまえも社会人としてとても成功しているということは知っていた。

独立し、事務所を構え、今では神戸のお洒落な地区に広告を出すような地位に居る。

議員の主催するパーティーにも呼ばれるし、新幹線のグリーン車乗る人たちが読むような

経済雑誌に見開きでインタビューを掲載されていたりもする。

そんな女は先ほどまで大阪の下町で茄子の煮浸しの大半を胃袋に収め、

今は独身男性の実家のベッドで暴走族もののコンビニコミックを読んでいる。

足でその持ち主を蹴りながら。



「アイス買うて来てよ、ガリガリ君以外で。」

「なんでワシが行かなあかんねん。ほんでガリガリ君美味いやんけ。」

「夜やし危ないやんか。スーパーカップがええの。」

「嫌じゃボケ。」

「おかーちゃーん!!ひーくんがいじめるー!!」

「弘、コラ、あんたええ加減にせぇよー!」



何がええ加減なのか、なんで自分が実家で蹴られながら怒られなければならないのか。

仕方なくサンダルを突っかけて徒歩5分はかかるコンビニへ咥え煙草で歩きながら

ついでにビールのツマミも買って行ってやろう、と仏心を起こして

なまえの携帯の番号を探した。













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