objet inaccessible








戦利品を抱えた生徒たちが、購買から教室へ戻って来る。

よく晴れた気持ちの良い中庭で女子のグループがお弁当を広げている。

窓際の席で紙パックのジュースを啜りながら、秋山が校内をぼぅっと眺めていた。



「あ、みょうじなまえ。」



隣で秋山同様、ぼんやりと外を眺めていた品田が呟く。

その目線の先に目をやると、日陰になっている渡り廊下を歩くなまえが居た。



「ほんとだ。相変わらずすげぇ美人。」



携帯を弄りながらパンをかじっていた谷村も窓際へ乗り出す。

昼食を食べ終えて、携帯ゲームに乗じていた大吾と峯も同じ目線の先を追った。



「いかにも『生徒会です!』って感じだよね、あの娘。」

「名家の跡取り娘だと。成績も良いし、モテるだろうな。」



品田と大吾がなまえについてコメントするのを、秋山は相変わらず紙パック片手に

聞くともなしに聞いていた。

渡り廊下をすれ違う女子生徒がきゃっきゃと話しかけるのを、なまえが笑顔で返す様を見つめていた。

愛らしく、素直な遥と違ってなまえは近寄りがたいイメージが強かった。

だから男子生徒よりも女子生徒からの人気の方が高かったし

今だって笑顔とは名ばかり、さらっと会釈をしたっきり無表情に戻った。



「なんか、高嶺の花って感じだね。」



秋山は生徒会があまり好きではない。

委員会にはあまり出ないのでよく知らないが、たまに生徒会が顔を出すようだ。

たまたまサボった次の日、なまえに遭遇してしまうと

あの冷たい笑顔でチクリと嫌味を言われることがある。



「そんなことないですけどね。」



タンタンと親指で携帯をタップして操作しながら、顔も上げずに峯が言う。

こんな話題に乗って来るなんて珍しいと、3人が一斉に振り向いた。



「何、どうしたのいきなり。」

「別に、そんなことないって言っただけです。」



谷村が突っかかるも、峯はそれをさらっと受け流す。

怒っているわけでもないようだが、いつもより輪をかけて表情から感情が読み取れない。



「峯、お前みょうじみたいなのタイプなのか?」



大吾がからかうように言うと、それまで液晶をみつめていた目をふと上げた。

眉間の皺は相変わらずで、品田は少し怯えている。



「タイプとかじゃないですけど…」


「あぁ、峯さんとなまえちゃんって合いそうだもんね。」



クールというか、他人に興味がなさそうなところがとても似ている。と続ける秋山に

峯は何か言おうとするも、短い溜息と共にそれを打ち消して

飲みかけのコーヒーに口をつけた。

なんだかそれ以上突っ込むことが野暮のようで、それきりまた各々の昼休みに戻った。



「花。峯君居る?」



噂をすれば何とやら、先ほどまで渡り廊下をこちらへ歩いていたなまえの目的地は

G組だったようだ。

教室に入るなり花を呼ぶ声は相変わらず冷淡で、よく響いた。

先ほどまでなまえについて話していた面々が驚いて顔を上げると

花がなまえに何やら伝えながら、こちらを指さしているところだった。

ありがとう、と笑うなまえの所作は美しく、育ちが良いことを伺わせる。

規定通りの長さのスカートを揺らしながら、なまえが静かに近寄って来た。



「ねぇよっしー、議事録の提出期限のことなんだけれど。」

「あぁ、今日か。今渡して構わな…」

「よっしー!?」



綺麗に整頓された机の中から透明なファイルを峯が取り出す手が止まる。

端正な顔立ちの美男美女の顔が、表情の読めない顔でこちらを向く。



「よっしーって、え、何?」

「何、峯、お前よっしーって呼ばれてるの?」



品田と大吾が今にも笑いだしそうな声で峯となまえに問いかける。

つられて笑いを堪えきれずにいる秋山の耳に、谷村が「でっていう…」と小声で呟くのが聞こえて

臨界点を突破しそうになる。



「えぇ。何か。」



まるで1+1の答えを告げるかのように当たり前に返す峯はあくまで無表情だった。

なまえも表情を変えることなく、その整った顔を笑いを堪えている男子生徒へ向けている。

峯が手渡したクリアファイルを一瞥し、腕の中へ抱えると

なまえは失礼、と短く挨拶をして教室を出て行った。

その足音が聞こえなくなると、やおら笑い声が爆発した。



「よっしーって、なんでよっしーなの?」

「義孝だから、だそうです。」

「っていうかなんで接点あるの?」

「委員会長は月1で生徒会との会議があるんですよ。」



峯がそんなあだ名で呼ばれていることもそうだが、

生まれてこの方バラエティなんて観たこともなさそうな、お堅いイメージのなまえが気安くそう呼ぶことも意外で驚く。

ギャップがあまりに大きくて、渡り廊下を別棟へ帰って行くなまえの背中を見つめながら

ふと自分ならなんて呼ばれるのだろうと気になる。



「だから言ったじゃないですか、そんなことないって。」



窓の外はそこからでは見えないはずなのに、秋山の視線の先など丸わかりというように

にやりと笑う峯が言う。

彼ならばなまえが心から笑う顔を見たことがあるのだろうかと、嫉妬心が沸き起こる。



「アンタ紹介してよ、なまえちゃん。」

「嫌です。」

「ね、俺の全財産あげるから。」

「小銭は重くなるので要りません。」

「俺の頼みでも?」

「大吾さんにはもっと相応しい女性がいつか現れます。」



ギャップ萌えにすっかりやられた男たちが峯に取り入るのを、やはりさらりと流した。

どう切り込んでいくかと逡巡する秋山とバッチリ目が合った峯の目が

勝ち誇ったように歪むのを見て、なまえの競争率が高いことを改めて知った。







好きなイスの味はきっと






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