恋愛に於ける主体の確立に関するいくつかの考察



あの子は頭が良いとか、褒められるのは嬉しい。

テストの結果が良いのは単純に頑張った成果だし、それを認められるのは自尊心が満たされる。

だけどたまに世の中の人間は馬鹿ばっかりなんじゃないかと思う

そういうのを人は思春期と呼ぶのかもしれない。



「ずっと好きでした!」



呼び出されて愛の告白をされるのは、今月3度目だ。

正直休み時間くらいゆっくりしたいし、勘弁して欲しい。

顔も覚えていないけれど同級生らしい彼の純情な告白に

なまえは『はぁ…』と答えたきり無言になった。



「…やっぱりみょうじさんと僕なんかじゃ、釣りあいませんよね。ごめんなさい。」



早口に言って去って行った彼は、もしかしたら涙目だったかもしれない。

まぁそんなことはどうでもいい。

問題はさっきから風上より流れてくるニコチンの匂いが制服につかないかどうかだ。



「相変わらず冷たいオンナやのぅ。」

「校内は禁煙ですよ、真島センセ。」

「そら初耳やわ。」



彼にこの注意をするのは何度目だろう。

衛生的であるはずの保健室が一番煙草臭いというのはいかがなものか。



「断るにしても、もっと何や言い方あるやろ。」



1階にある保健室は他の教室と違い、搬送等がしやすいよう廊下と反対側にも出入り口が設けられている。

窓から身を乗り出していた真島が奥へ行くのについて入室すると

コーヒーメーカーから安いインスタントのコーヒーを淹れてくれた。



「どう返答したらいいんですか。」



付き合ってとか友達になってとか続けてくれればNOと返答も出来るのに

好きですと気持ちだけを伝えられたところでどうしろというのだろう。

真島はなまえにコーヒーを手渡すと定位置の丸椅子に腰かけて

またぷかぷかと煙草を吸った。



「しかし今月何人目や。100人目くらいちゃうか。」

「それは大袈裟じゃないですか。」



裏庭の桜の木の下で告白をすると成功するらしい、という噂を流すのは簡単だった。

生徒会OGの先輩から聞いたのだけど…とクラスメイトのお喋りな女子生徒に耳打ちした

その翌週には学校中に噂は広まっていた。

裏庭に1本しかない桜の木は保健室の真横にあって

真島はいつも保健室の窓際の定位置で煙草を吸っている。

だから多少面倒に感じても、裏庭への男子生徒からの呼び出しにはちゃんと応じて

足を運んでいるのだ。



「若いんやし、色恋のひとつもした方がええで。」



こちらを見もせずにぼやく真島の横顔を見つめる。

桜の木の下での告白は、なまえ以外のカップルには効果的だったらしく

かなり信憑性の高いものとなりつつあった。

ただ、当のなまえはいくら打っても響かないので

なまえに告白することを『記念告白』と呼ばれていると、最近知った。



「私にも好きなタイプくらいありますよ。」



まだ湯気の立つインスタントコーヒーに口を付ける。

青臭い全力の愛の告白を断るのにも結構労力が要るようで

毎回真島が淹れてくれるコーヒーの味にほっと人心地つく。



「ほー?」



大して興味もないだろう、適当に相槌を打っていることはわかるけれど

なまえはコーヒーカップに口をつけて続ける。



「年上が良いです。社会人で、公務員とか。」



煙草の煙を窓の外に吐きだす真島がどんな目をしているのか、眼帯のせいでわからない。

桜は咲いていないけれど、よく晴れた暖かい外へ向けられた視線を追って

なまえも窓の外へ目をやる。



「優しくて意外とお節介で、破天荒でわがままで傍若無人な人が良いです。」



午後の柔らかい風が、静かに室内を通り過ぎて副流煙を揺らす。

何も答えない真島が肘をついたラックに、飲み終わったカップを置いた。



「眼帯をしていて、変な髪形をしている人が良いです。」



視線を暖かい日差しの注ぐ裏庭の空から、そっぽを向いている真島の頬へ戻した。

ゆっくりと彼の視線が動いて、なまえの目を見つめ返す。

翳のある目が細くギラリと光ったかと思うと、すぐいつもの何も考えていなさそうな顔に戻った。



「そんなええ男、居ったらええなぁ。」



世の中は馬鹿ばかりだけど、色々踏まえて賢くなって、そしてズルくなるのだと

今はまだ知らなくても良かったのに。



Did I say too much?





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