南 × 高級イタリアン という可能性





いつも不思議に思うのだが、神室町の住人というのは

何故か余程のことがない限り、神室町以外の街へ足を運ばない。

それだけこの街の経済が完結しているということなのだろうか、

はたまた人を惹きつけて止まない魅力があるというのだろうか。



毎日仕事で東京中を駆けずり回っているなまえには

その狭い一角で日がな一日を過ごすという感覚が些か解り兼ねる。

つらつらとそんな事を考えながら、今日もなまえは神室町最寄りの駅の階段を上った。



「あ、西田さーん。こんにちはー。」



神室町駅からタクシーで5分。

遠くからでもよく見える、ミレニアムタワーの上層階にこの所通いつめている。

なまえの身長より大きいかもしれない提灯がずらりと並んだ玄関に

見知った顔を見つけ、呼び止める。



「あ、みょうじはん。ご苦労様です。」



膝を割って頭を下げる西田に、少し困ってしまう。

どうも極道特有の挨拶は苦手だ。

一度、同じようにしてお辞儀すべきかと逡巡したことがあるが

その時はスカートだったので止めておいて正解だった。



西田に案内され、事務所に通される。

入口に置かれたパーテーションを通り過ぎると、

一般的な企業のオフィスと何ら変わらない事務所の光景が広がる。



ただ、そこかしこに謎の置物や鈍器、日本刀があることや、

従業員の風貌から察するに明らかに『そっち』の事務所の匂いはする。



「あ!お待ちしとりました!!」



お疲れ様です!と渋い男の声で迎えられる中、

一際大きな声で声をかけてきたのは、その中でも特に異色な風貌の男。



「・・・っていうても、今親父居てはれへんのですわ。」



応接室ではなく、デスクに程近く、拓けた簡易応接セットに通される。

西田が給湯室へ去っていくのが見えた。



「あ、ごめんね南くん。今ご飯中だった?」



応接セットの向かいに腰掛けた南に問いかける。

先程南がこちらへ向かって来る折、デスクの上に食べかけのコンビニ弁当が見えた。



「え、あ、だ、大丈夫ッス。」



突然の問いかけに焦る南が両手をブンブンと振って否定する。

なまえは南の口元に付着している米粒を

指摘すべきかどうかで少し頭を悩ませていた。



「「「「 お疲れ様です!!! 」」」」



先程なまえを迎え入れた時より、一層大きな声が事務所内に響く。

従業員が頭を下げる先を見遣ると、何度見ても見慣れない、眼帯の男がぬっと現れた。



「おう、なまえチャン。来とったんかいな。」



相変わらず突拍子もない衣装でフラフラと歩く真島が近づいてくる。

なまえはやっぱり南に米粒の件を教えてあげた方が良かったかなと思いながら

さて、真島にはその頬についた返り血らしき跡を指摘すべきかとまた悩む。



「今来たばかりです。アレ、持ってきましたよ。」



情報屋、というのは裏稼業には持って来いの仕事だ。

少々危ない橋も渡るが、莫大な資産を注ぎ込んでくれる顧客さえ見つかれば

後はヘマをしないよう細心の注意を払いながら、淡々と仕事をこなすだけ。

神室町中の極道組織は賽の花屋を上手く使っているようだが、

所詮データ上の画像情報。

本当に使えるのは紙媒体の機密事項や肉声、インクで刷られたフィルム写真なのだ。



適切な方法でしか情報を入手しない花屋にあまりいい顔はされないが

それでも表面上堅気として社会人を営むなまえは

こうして時々花屋の実働部隊のような働きをすることがある。



目立たぬよう老舗の和菓子屋の紙袋に包まれた、今回の案件を手渡す。

革手袋をした手で受け取った真島がその中を覗き込むと、満足したように頷く。



「相ッ変わらずなまえチャンは仕事が早いのぅ!助かるでぇ!!」



今回もクライアントの要望に応えられたようで安心する。

その後5分程、真島が自身の組の専属にならないかと口説いてくるのを除けば

真島組から直接受ける案件は、特段難しいものではない。



「それより真島さん。お昼食べられました?」



構成員が差し出した分厚い封筒を受け取り、バッグの二重底にしまう。

真島はというと、せっかく頑張って用意した機密事項の書類をチラリと見ただけで

もうソファーの上に置いたことも覚えているのか怪しいものだ。



「おう、さっきまで兄弟と焼肉行っとったわ。」



流石に昼からホルモンはキッツいでーと腹を摩りながら言う真島は

なるほど確かにそこはかとなくそういう匂いがする。



「ですって、南くん。」



真島が帰社してからというもの

一言も話さず応接セットの隣でつっ立っていた南に声かける。

いきなり話の矛先を向けられ、目を見開いた顔が幼さを感じさせる。



「ね、真島さん。たまには南くんに贅沢させてあげてもいいでしょう?」



テーブルの上にどっしりと脚を乗せ、タバコを吸う真島の目玉が動く。

南となまえとの間を数度往復し、身を乗り出すなまえの胸元をチラ見すると

すぐなまえの目を見据えた。



「なんや、なまえチャン。ワシがコキ使ことる言うんかい。」

「違いますよー。真島さんにお願いがあるんです。」





南くん、今夜食事に誘ってもいいですか?





今なおポカンとしている南を他所に、真島の瞳をじっと見つめる。

彫りの深い翳のある目元が更にきゅっと細くなる。



「なんでやなまえチャン!なまえチャンと飯食えるんやったらワシも行く!」



なまえは知っている。

この人は確かになまえのことを気に入っているし、

食事に出かけたいのもあながち嘘ではないだろうということを。


ただ、そのモチベーションの7割以上が『サボり』目的であることを、

見抜けない程なまえも馬鹿ではないということだ。


「ダメです。さっきまで美味しいもの召し上がってたんでしょ?」


といわけで今夜19時。迎えに来るねーと勝手に言い残しなまえは事務所を後にする。

従業員に見送られながら大きな扉をくぐった後に

今夜のデート相手の名前が叫ばれながらガチャガチャと騒音がするのを

なまえは聞こえないふりをした。









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