峯 × 駄菓子 という可能性



暗いリビングの電気を、手探りで点ける。

自宅でもないのにそんなことができるようになったのは、いつ頃からだったか。

週に1度かそこらしか訪れないのに、スイッチの上下の作動先まで覚えてしまったのは

それ程この付き合いが長い為だろうか。



今夜は遅くなると、普段通りの短いメールを受け取ったのは帰路についた頃だった。

部下の運転する車でなまえの住所を指示し、疲れた目を休めるように瞳を閉じた。

味も素気もないバイブに携帯を見やると、そこには同様に味も素気もない文章。

だったらいっそ自宅に帰ってしまおうかと一瞬思案するが

自宅が全くの逆方向な上に、なまえの家のすぐそばまで来てしまっている。

ここで時間を無駄にするよりは、さっさと腰を据えて仕事の1つでも片付けた方が賢明。

そう判断し、峯は無人の恋人の家へと足を踏み入れた。



峯の綺麗好きも大概だが、なまえのそれは峯を遥かに上回る。

綺麗好きというよりは、物に頓着がないと言った方が正しいのだろうか。

高価な骨董品をインテリアに並べた峯の事務所と違って

なまえの家はとにかく家具も何もかもが少なかった。

2LDKの一人暮らしの部屋はそれなりに広い。

マンションの外見も瀟洒でエントランスも豪華なのだが

その中身は、今夜ふらりと夜逃げでもできそうな程殺風景だった。



寝室にベッドがひとつ。

リビングにスチールが2脚と、背の高いテーブル。

あまり使われた形跡のないキッチンには食器棚がなく

小ぶりな高さ1m少々の冷蔵庫がぽつんと所在なさげに鎮座している。



テレビも、観葉植物のひとつもないその部屋に人が住んでいることを伺わせるのは

ベランダに向けて大きく設置された窓の手前のテーブルの上の

灰皿の中に吸殻が数本残っていることだけだ。



スーツを脱ぎ、ハンガーにかける。

ネクタイも外してシャツのボタンを数個外すと、少しばかり気が楽になる。

いつの間にか決まっていた、クローゼットの中の峯のスペースには

クリーニングのビニールがかかったままのシャツやジャケットが届いていた。



アタッシュケースからいくつかの書類を取り出し、窓辺のテーブルへ向かう。

協定契約合意書、承諾書、委任状、許可申請書、業務締結手続書・・・

ゲシュタルト崩壊を起こしそうな字面のつらつらと並ぶそれらの書類に

片端からサインをしていくのが、今夜の仕事だ。

ふと胸に手をやると、万年筆をジャケットのポケットに入れたままだったのを思い出す。

面倒を感じながら、クローゼットへ引き返す。



がさっ



突然の物音に慌てて、その出処を見遣る。

白いビニール袋が放置されていたようで、どうも蹴ってしまったらしい。

中身は7分目程度まで入っているのだろうがとても軽いそれは

峯に蹴られた反動で1mほど飛んでしまった。



なまえにしては珍しい、と思う。

こんなものを出しっぱなしにはしておかないのに。

いらないものはすぐ捨ててしまうか、元々買い物を滅多にしない女だ。



峯は少し飛び出してしまった中身を集めて、元のビニール袋の中に戻そうと手を伸ばした。

異様に軽かった中身を、暗闇で目を凝らし身をかがめながら拾い集める。

その小さな個包装たちは、次々と峯の手の中へ、そして袋へと戻っていった。








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