仕事の山場は先週末で終えた。

襲ってきたのはほんの少しの充足感と、たくさんの溜まった疲れだった。

連日の睡眠不足でボロボロだった肌に、特別用の化粧水や美容液をたっぷり与えて

何よりのカンフル剤の恋人を投入したけれど

それでも容赦なくやってくる朝日が憎らしく思う。



携帯のアラームで目が醒めると、やたら身体が重かった。

すわ風邪を引いたかと思ったが、ただ品田の腕が巻き付いているだけだった。



「ちょっと、重い。」



もぞもぞと身体を動かして何とかアラームを止める。

小さな声で呻く品田が、より強くなまえを抱き締めた。



「もうちょっと…」



それはこっちの台詞だと思いながら腕を振りほどこうともがく。

元プロ野球選手の腕力は、寝惚けていても簡単には解けなかった。



「困るって。」

「うーん…」



品田も昨日は遅くまで仕事だったようで、家に帰ってきたのは日付が変わってからだった。

暖かいベッドの中に引きこまれて、せっかくアラームを止めることに成功したのに

また夢の中に戻されそうで、なまえは品田の胸を押し戻した。



「今日は、休んじゃいなよ。」



半分も開いていない目で、なまえの顔を覗き込みながら品田が呟く。

この魔の誘惑は月に2、3回やって来る。

通常時なら『何を無責任な』と憤慨して、そのイラつきをパワーに代えてベッドから抜け出せるのだが

なんだか今日はやる気が出ない。

とろんとしている品田の顔を見ていると、なんだか流されるのも悪くないなぁなんて思ってしまう。



「えー…」

「寝てようよ、外は寒いし。」



そう言ってなまえを一層強く抱き締める品田の腕の中は

ぽかぽかと暖かくて心地が良かった。

さっきまで見ていた夢は何だったのか思い出せないけれど、このまま瞼を閉じてしまいたい誘惑が勝って

脱出を試みていた力を緩める。



「うん、そうする…。」



そう返答したのは、初めてだった。

今までどんなに体調不良でも仕事を休んだことなんてなかったのに。

溜まった有給と、仕事なんて明日でいいやなんて無責任な欲望が

疲れ切ったなまえの頭を優しく支配していった。



「うそ!じゃあどっか行こうよ!」



それまでの微睡が嘘だったかのように品田がガバッと起き上がる。

スプリングの強いベッドがぐらりと揺れた。



「…えー?」

「デートしようよ、なまえちゃんずっと休みなかったんだから。」



あんなに格闘した拘束がいとも簡単に外されて

隣ではしゃぐ品田に、急激に目が冴えていった。

俯せで頬杖をついて品田の顔を見遣ると、先ほどまで開いているのか閉じているのか分からなかった目は

ぱっちりと見開かれていた。



「うーん…」



目を擦ってもう一度携帯を見ると、いつもより3分寝坊しただけだった。

よし、問題はない。



「…仕事、行ってきます。」

「えー、休むって言ったじゃん!」



不貞腐れる品田を後目にベッドから抜け出す。

時間通りにセットしたコーヒーがすっかり入っていて、香ばしい匂いがする。

一杯淹れて口を付けながらカーテンを開けると、いつも通りの朝だった。



「ありがと、起こしてくれて。」



まだベッドで寝転がっている品田の髪にキスをして、飲みかけのコーヒーを渡した。

どういたしましてと笑う笑顔にエネルギーを貰って、今日も一日頑張ろうと心に決めた。










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