Cagliostro




酷く冷え込む朝晩は、指先が痛いほど冷たくて早々に手袋を着けた。

スマートフォンに対応していない所が不服だけれど、対応している商品はいまいちデザインが好きではないので

なまえは同じ手袋を着用し続けている。



「寒い、寒い、ただいま、寒い。」



挨拶もそこそこにリビングへたどり着くと、この寒い中シャツ一枚の冴島が新聞を読んでいた。

あの立派な筋肉は人を殴ったりする以外に防寒の効果もあるのかと思うと

少しだけ羨ましくなった。



「そんな寒ないやろ。冷え性ちゃうか。」

「日本人女性の大半は冷え性なのよ。」



慌ただしく寝室へ駆け込むと、スーツを脱いで部屋着に着替える。

リビングから冴島が新聞をめくる音が聞こえた。



「今日熱燗にするけど、どうする。」



帰宅直後の一杯はいつもビールなのだけれど、今ビールを飲んだら凍死する自信がある。

つまみに先日取引先から貰った高そうなチーズの味噌漬けがあったので

きっと合うだろうと思って、吟醸の日本酒を帰り道で購入した。



「ほな、俺もそれにするわ。」

「ん。」



寝室からリビングを抜けてキッチンへ移動する間に、簡素な意思疎通を終える。

相変わらず無表情で新聞を読む冴島の頭へ軽くキスをすると

おーだかうーだか、適当な返事とも言えない声が返ってきた。



「熱燗、熱燗。徳利どこやったっけ…」




料理はあまりしないけれど、酒を呑む設備はちょっとしたものだ。

ビアグラスは常に冷やしてあるし、あまり使わないけれどシェイカーやステアグラスもある。

ただ、時期物である徳利はあまり使わない上の戸棚の奥にしまってあって

ちょっと背伸びをしただけでは届かない。

椅子を運んでこようかな、あぁでももうちょっとで届きそう、なんてやっている内に

ガタガタと煩かったのだろうか、冴島が様子を見にやって来た。



「何しとんねん。これか。」



なまえの頭上をひょいと大きな腕が伸びて、いとも簡単に徳利を取りあげる。

そうだ、今年の2月にこれは冴島がしまってくれたのだった。

ほれ、と渡された徳利を受け取ってもなまえは困ったような顔をしていた。



「なんか、ちょっと負けた気分。」



恋人が、常人の体格を遥かに凌駕する体格であることはもちろんわかっている。

それに比べてなまえの身長はまぁ常識の範囲内で、別に取り立てて小さい訳でもないけれど

こういう時素直に嬉しいと思えないのは、男社会で成功した女の弊害なのだろうか。



「なんやそれ。」

「別にぃ…。」



冴島が頭を掻きながら溜息をついている。

自分の天邪鬼さがつくづく嫌になりながら、徳利に日本酒をとぽとぽと注ぐと

さも暖かそうに煮立つ湯の中に、丁寧に2本つけた。



「あ、やば、お猪口…。」



反射的になまえが見上げる先には、件の戸棚があった。

一般的なマンションの一室に一般的な体格の女性が住んでいるというのに

無理が生じるとはどういうことだろう。

一応手を伸ばしてみたけれど、徳利の奥にしまってあったお猪口は当然届かない。

先程素直にお礼を言えなかった手前、お願いするのも気恥ずかしくて

二度程背伸びを頑張ってみた。



「うわぁ!」



急に重力がかかって、身体が持ち上げられたと知る。

なまえが格闘する姿を隣で見ていた冴島が少し考えて取った行動に心底驚いたけれど

お猪口は難なく手に取ることが出来た。



「これやったらええか。」



軽々となまえを下すと、あまりにも優しそうな笑顔で笑うから

悪意ではなく素で適切な方法だと判断したということになる。

驚いてぽかんとしているなまえを尻目に、温まった徳利を湯から引き上げると

早く来いと言いながら、湯気の立つ2本をリビングへ運んで行った。



壁がどうとか、顎がどうとか、昨今の男性は女性をときめかせる方法を色々模索しているようだけれど

天然の誑しというのは才能なのだと噛み締めながら、お猪口を掴んで大きな背中を追った。





盗まれたものは、可愛げと尊です。











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