問題案件は面白いように進んだ。

就職難だ、不景気だ、と世間が喚いたところで、実際問題人口は増えているし

高い建物だって新しい機械だって増え続けている。

今日びの堅気がえり好みして敬遠する職種に、堅生会の人々はよく順応した。


ある清掃会社に勤める男は、ビルの窓を拭きながらのパフォーマンスで動画サイトを沸かし

その企業の株は右肩上がりになっているというし

小さな和食レストランに入社した男は、1年もしない内に神室町で独立を果たしている。

幼稚園の送迎バスの運転手になった男は、

裏方として運動会でもお遊戯会でも引っ張りだこだともっぱらの噂だ。

堅生会のメンバー同様、なまえもたまに

入社後の彼らの様子を見に立ち寄ることがあるのだが

介護施設に入った男が笑顔で入居者の世話をやくのには驚いた。

元極道とは思えない笑顔で、初恋の話をする婦人に相槌を打っていたのだ。


通常の成功報酬の1.5倍という金額もそうだが

一切の返金がなかったこと、面白いように内定が決まっていくことから

2ヶ月ほどでなまえの業績は社内トップとなった。


普通の案件なら、軌道に乗るとすぐ上司や先輩の印鑑が書類に押され

手柄は右から左へと横取りされていくものなのだが

一貫してなまえ一人が手掛けることができたのは、やはりあの代紋のせいだったのだろうか。



あまりにも仕事が迅速に、面白く回っていくので

しばらく経つと、なまえはほとんど会社で寝泊まりをしていた。

以前だったら苦になっていたサービス残業も

堅生会の人々の為ならと嬉々として職務に励むことができた。


時刻は夜10時。

今日はそろそろ帰宅した方がいいだろうかと、タバコを吸いに外へ歩いていたところだった。

小さく震える携帯が、暗い廊下で煌々と主張する。


『堅生会 柏木氏』


そう表示されたディスプレイに一瞬目が冴える。

何か不都合でもあったのだろうか。

さっと頭を回転させながら、通話ボタンを押した。


『お世話になってます、柏木です。夜分に申し訳ない。』

「こちらこそお世話になっております。まだ会社なので、問題ありません。」

『あぁ、やっぱりなまえさんでしたか。』


何かトラブルだろうか、と身構えるなまえの耳に柏木の少し明るい声が轟く。


『おたくの会社の前を通りかかったら、まだ明かりがついていたものですから。』


廊下で踵を返し、自分のデスクのある部屋へ戻る。

いくつかの企業が入った雑居ビルではあるが、この時間まで残っているのはなまえくらいのものだ。

慌てて窓際の書類を抑え、窓ガラスを開けてのぞき込むと

携帯を片手に見上げる柏木と目があった。




「大変ご尽力頂いているようで。堅生会の者も、うちの会長も喜んでいます。」


ミレニアムタワー近くの落ち着いた小料理屋で、なまえは柏木と肩を並べて酒を飲んでいる。

お礼がしたいという柏木のお誘いを断り切れず

金曜日の夜だというのにデートひとつないなまえは、こうしてご馳走になっているのである。


「そんな・・・仕事、ですから。」

「厄介な案件だったでしょう。お疲れ様です。」


柏木がなまえのグラスにビールを注ぐ。

東城会の大幹部が・・・と怯えるが、柏木はそれをやんわりと制する。


「なまえさんに紹介して頂いた男が、独立して開いた店です。」


美しい小鉢に盛られた惣菜は軽い口あたりで、疲れた身体に優しく沁みた。

あぁ、頑張ってよかったなぁ

そんな思いが目頭をふんわり熱くさせた。


「あの時来ていただいたのが、なまえさんで本当によかった。」


柏木も心なしか上機嫌だ。

その後の元構成員たちは、それなりに毎日楽しくやっているようだ。

柏木の見解でも、きっと昔とは違う顔つきで汗を流しているのだろう。



美味い酒に美味い肴、そして達成感からくる幸福感から

二人の夜はふわふわとした幸せの中に更けていった。





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