日付も変わった午前2時頃。

そろーっと玄関の扉を開けると、廊下から続くリビングに至るまで

部屋の中は真っ暗だった。


「・・・ただいまですぅー・・・」


怯えつつ挨拶をしても、部屋はしぃんと無言。

だけど玄関に脱ぎ散らかされた靴は、住人が在宅していることを示している。


久々の再会だった。

地方から上京したなまえにとって、地元の友達が遊びにくるというのは

それはもう、一大イベントなのだから。


仕事の都合で神室町付近に一泊するという友人の誘いを、一も二もなく受け入れた。

勿論女友達なのだから、真島に断りを入れる理由もなかった。


『今夜、高校の友達と飲みに行ってくるから。』


朝の出勤支度をしながらそう投げかけると、真島はふっと笑いながら


『コ―コーセーやて。青くさー』


なんて呟いていた。

ギリギリ義務教育だけ終えて構成員になった真島は、微分積分が何たるかすら知らない。



少し

ほんの少しだけ後ろめたい気持ちになったけれど、久々の同窓生との再会に心が躍る。

久々に会った彼女は学生時代のほんわかとした面影そのままに

それでも少し、社会に揉まれて賢くなった部分が見え隠れした。


高校時代の担任のあだ名

美人だった同級生の結婚式

当時好きだったあの人の今について


話題は尽きず、気付ば時計の針は

とっくにシンデレラの魔法が解ける時間を回っていた。



お互い明日も仕事がある身。

また近いうちに会おうね、と口約束を交わし

なまえはてくてくと帰路についた。


そして、今に至る。





怒ってるのかなー

飲みに行って遅く帰ってくると、あんま良い顔しないからなー


そんなことを考えながら、キッチンの小さな明かりだけをつける。

どうやら真島は既に寝室にいるらしい。

薄らと開いた扉の先にある寝室は、珍しく静まり返っている。


「・・・ただい、まぁー・・・」


そっと首だけのぞき込んで、もう一度言ってみる。

シーツの下で大きな体がもぞっと動いた気がした。



なんだ、寝てるのか。


これ幸いとばかりに、なまえはほっと胸をなでおろす。

この隙にシャワーを浴びてしまえば、特に咎められることもないだろう。

寝ていたのであれば、なまえがいつ帰ってきたのかわかりもしないだろうし。


ラッキー♪と鼻歌でも歌いたい気分になりながら

いそいそと脱衣所へ向かう。


一人では湯船に湯も張れない真島は、きっとシャワーだけで済ませたことだろう。

今日くらいはシャワーで済ませてしまおうかと、意気揚々とブラウスに手をかける。



「遅かったやないか。」


ブラウスを肋骨の一番上まで捲り上げたあたりで、背後から声がかかる。

寝ぼけ眼でも、夢遊病でも、なんでもない。

しっかりと覚醒した組長の顔が、脱衣所の鏡に映っていた。


「まままま真島さ・・・・」

「何しとったんや。連絡のひとつも入れんで。」


眠るときには外している眼帯が、しっかりと結ばれている。

冷たい目がなまえを見下ろす。


「いや、今日は、友達と、ごはんて、言ってあ・・・」

「こんな遅なるとは聞いてへん。」


脱ぎかけたブラウスの手を下せないまま、なまえはしどろもどろに答える。

対して冷静な真島はぴしゃりとなまえを脅しつけたままだ。



怒ってるのかなー・・・

怒ってるなー・・・ これは・・・



ピリピリと真島の目線が腹筋に刺さる。

変な冷や汗が出る。

独占欲の強いこの男は、怒らせるととても厄介だ。

なまえがドキドキしていると、真島がふぅとため息をつく。

かなんなーなんて言いながら、なまえの腰に手を回す。

当たり前のように。


「遅なるなら遅なるって、電話のひとつも寄越さんかいな。」


なまえを胸に抱き寄せると、目を見たままぽんぽんと頭を叩いた。

ぶすっとした顔は相変わらずだが、その目は心なしか優しい。


「す、すいません・・・」

「心配するやろぉ。ただでさえ何があるかわかれへんご時世やでぇ?」

「すみません・・・」

「なまえのことやから、心配あれへんとは思うけど。」

「はぁ・・・」

「でもなぁ、年頃の女のコが夜遅くに酒飲んでほっつきまわるっちゅーんもなぁ・・・」

「・・・」

「なんぞあったらお前、アレやで? 何かあってからやったら遅いんやで?」

「・・・すみません・・・」



ぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽん・・・

際限なくリズミカルに頭を叩きながら、優しい声で言われる。

心配してくれていたことが申し訳なくて嬉しくて

なまえはついつい目線を外して俯いてしまう。



しばらくぽんぽんを続けていた真島は、くるりと向きを変えると

脱衣所になまえを残してのそのそと寝室に戻って行った。



「あー、あかんわぁ。オヤジ臭い説教みたいになってもた。」



カリアゲをわしゃわしゃと掻きながら、不器用に歩く後姿。

たまらなく愛しくなって、嬉しくなって。

あぁ、嶋野の狂犬と言われた男は。

今夜ずぅっと私を待っていてくれたんだ。

なんて愛されているんだろう。



「真島さん?」

「なんやぁ?」



ぽすっとその広い背中に抱き着く。

腕を回しても、おへそまで届かないくらいたくましい背中。

こんなに細いのになんて大きいんだろう。



「・・・ごめんなさい。」



赤くなった顔を隠したくて背中越しに言ったのに



彼は振り向いて、目を見て、そしてキスをする。



「おかえり。」








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