親戚に育てられた。

お決まりのようにグレたりすることはなく、成績はよかった。

ただクラスメイト同様『首吊り』扱いされる家は居心地が悪く

勉強以外に逃げ場がなかった。



何年か経って、親戚にあの事件の真相を聞かされた。

18歳。

立派に歳を重ねたものだ。



借金を苦にした自殺だったこと。

自己破産できなかったこと。

いけない筋からお金を借りていたこと。

毎日のように暴力的な取立てがあり、私の身まで危険だったこと。



遠い昔の記憶として、心の奥から無理やり押し出していた事実がふと湧き上がる。


悲しい

悔しい

切ない

辛い


親戚は、それなりに大事に育ててくれた。

感謝はしている。

それでも大学に入ると、居心地の良くない家を離れた。



奨学金で一生懸命学び、一人暮らしを始めた。

大学からは遠く、家賃も高くて不便だが

神室町に小さなワンルームを借りた。



東城会

桐生一馬



ふつふつと、長年蓄積した痛みが顔をもたげる。

顔にできたニキビのように苛立たしく、口内炎のように不愉快な名前。

両親を殺し、私を『首吊り』にした男。

人の不幸の上に胡座をかき、のうのうと生きている男。



桐生一馬を見つけ出し、殺すために私は今ここにいる。



「なまえちゃん、今日もラストまでいけるね?」

「はい、店長。」


ごく一般的な大学生活を送る傍ら、キャバクラでアルバイトを始めた。

もちろん東城会の息がかかったキャバクラだ。

身元がバレても構わないむしろ露見した方が本望だったので

源氏名は使わなかった。



そこそこ売れているし、たまに東城会の面々も顔を出すが

箸にも棒にも掛からない末端の人間ばかりが顧客についた。



それでも『伝説の極道』だの『四代目』だのというキーワードが

桐生一馬と結びつくのに時間はかからなかった。



大層偉くなったらしい。

私の両親を殺して。



そして、いきなりの引退表明。

今では神室町を離れ、沖縄で養護施設を営んでいるということだ。



胸糞悪い。



そんなことをむしゃくしゃ考えていると、また店長からバックに呼び出しがかかる。

適当に指名客をいなしてマジックミラーになったバックへ向かうと

うっすら脂汗をかいた店長がいた。



「なまえちゃん、悪いんだけどあのお客さんそろそろ帰らせてくれないかな?」



キャバクラという場所は、居てもらってなんぼの世界である。

引き止めておきこそすれ、早く帰らせろというのは言語道断だった。



「何かあったんですか?」

「いやぁ、実は・・・」



東城会の幹部連中が貸切にしたいって電話があって。





ドクッと心臓が大きく脈打った。

両親の顔が頭をよぎる。



「幹部って・・・」

「おエライさんたちだよ。」



桐生一馬は来るのか



訊きたい気持ちを必死に抑え、平常心を保つ。



ドクドクと五月蝿い心臓を止めてしまいたい衝動に駆られながら

わかりましたと返事をし、席に戻る。



「なまえちゃーん!! 遅かったねェ〜 何してたのぉ〜?」



指名客はすっかり上機嫌だ。

軽く笑って、申し訳なさそうにしなだれかかる。



「ごめんなさい、今日もう付き合ってあげられなくなっちゃいそう。」



怖いお客さん来ちゃうみたい。

一種の隠語のようなものだ。



キャバクラの世界でよく言われるのは、『付く客と嬢のレベルは同等』という決まり文句だ。

賢い嬢には賢い客が

馬鹿な嬢には馬鹿な客がつくものだ。

幸い、なまえは賢かった。

頭の回転の速さも危機回避能力も、年齢の割に秀でていた。



隠語を素早く理解した客は『なまえちゃん、くれぐれも気をつけて!』なんて言いながら

そそくさと店を後にした。



謝罪と次回の催促を兼ねた営業メールを作成していると

ものの見事に店内は空になった。

妙な緊張感と静かなジャズの音楽だけが、大箱のキャバクラに流れていた。












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