そのまま神室町を一頻り歩き回り、やっと人心地がついたのは

どっぷり夜も更けた頃だった。

とてもショックな光景が頭から離れないのに、なまえのお腹はギュウギュウと鳴っている。

人体とは正直にできているものだなと自嘲した。



神室町に飲食店は多い。が、居酒屋や焼肉屋に一人で入る気分ではない。

ファーストフードってのも惨めったらしくて気が引ける。

どうしたものかと考えながらとぼとぼ歩いていると

ふわっと良い香りが鼻をかすめた。





「・・・たこやきかぁ。」





こんなところに屋台等あったのだろうか。

ちらほらと購買客のある屋台では、金髪の従業員が一人でたこ焼きを焼いている。

くるくると器用に調理していく手際に見とれていると、またお腹が声をあげた。





「6個いり、ひとつ。」





2人ほど前に並んでいたが、なまえの順番はすぐにやってきた。

あいよ、と低い声で返事をする従業員は口元に傷があり、とてもガタイがいい。

男前だが、何歳くらいなのだろう。

金髪が若く見せている部分もあるが、顔に刻まれた皺や顔立ちは経験してきたであろう苦労や苦難があったことを物語っている。

目付きはお世辞にも良いとは言えないが、黙々とたこ焼きを焼く眼差しは真剣そのものだった。

熟練した手つきに見蕩れている間に、熱々のたこ焼きはなまえの手に渡された。



そばの簡易ベンチに座って、たこ焼きを頬張る。

口の中は火傷しそうなほど熱かったが、じんわりと喉元まで広がる出汁の味や

控えめなソース、とろりと半熟状態の中身は素晴らしく美味しかった。

湯気の立つそれを無心で口に運ぶ。

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ・・・

食べるほどに、先ほどのショッキングな光景がまざまざと蘇る。

ぽろぽろと涙が止まらない。

思えば、たこ焼きを食べるのは何年ぶりだろうか。

実家で家族揃ってたこ焼きパーティーをした記憶まで蘇ってきた。



鼻をぐしゅぐしゅさせながら、たこ焼きを頬張る。

往来の人々が奇異の目でなまえを見ているが、止められるものではなかった。



本当なら酒を浴びるほど飲んで忘れてしまいたいところだが

こんな顔になってしまっては新しくバーに入るのも躊躇われる。

仕方ない。 やけ酒ならぬ『やけたこ焼き』にでもしようか。

お腹がいっぱいになる頃にはきっと涙もとまるだろう。



空になった簡易皿を捨てると、バッグから財布を取り出し、また店の前に移動する。

えぐえぐ嗚咽しながらたこ焼きを食べるなまえが不気味だったのか、

先ほどまで盛況していた店の周りには誰もいない。

相変わらず従業員は怖い顔で、鉄板の掃除をしていた。





「・・・ろっこいり、ひ、ひとつ。」





完全に涙声になってしまった声で、従業員に声をかける。

プラスチックの小銭受けに、看板に書かれている金額をじゃらじゃらと入れた。





「今日は店じまいや。」





金髪の従業員は不機嫌そうにそう返答する。

相変わらず屋台の周りには良い匂いが漂っているのに、彼の言うとおり鉄板の火は落ちてしまっている。

そういえば看板を照らす電球はもう消えているようだ。



「・・・そうですか」



あぁ、不運というのは続くものだ。

がっくりと肩を落とし、一度出した小銭を集めて財布にしまう。

なんとも惨めな気分になって、また涙が溢れてしまう。

たこ焼きを買えなかっただけで泣くことなんてないだろうに、今のなまえにそれを止める術はなかった。



どこへ行くあてもないし、歩き回って人々にこんな顔を見せるのは嫌だ。

仕方なく、なまえは先ほどたこ焼きを食べた簡易ベンチに腰を下ろした。

片付けるからどけと言われたら、その時どけばいい。



ぼぉっと涙を流れるままに流し、狭い夜空を見上げる。

相変わらず彼に腹は立つし、悲しい気持ちや、ついさっきまで浮かれていた自分が惨めな気持ちは胸の中をぐるぐるしている。

だけど、不思議なもので先ほどよりは落ち着いているのだ。

暖かいものをお腹に入れると、精神的にも安定すると幼い頃から母に言われていた。

疲れた時に美味しいものを食べたくなるのは、理にかなったことだったんだろうか。



とりとめのないことをふわふわと考えていると、先ほどの金髪従業員が出てきた。

邪魔だと言われるのだろうか。

立ち上がる気力もないまま、ぼんやりと彼の動作を見やっていた。

屋台の中を照らす照明を切り、シャッターを下ろし、心もとない鍵を掛け、そして―――





「ほな、行こか。」





金髪従業員は、少しくたびれたジャケットのえりを正しながら、なまえに声をかける。

きょとんと彼を見上げるなまえはきっと情けない顔をしていただろう。





「行くって・・・?」

「飲みに行くんや。」

「誰と誰が・・・?」

「ワシとネェちゃんや。」





名前なんていうんや、との問いに、思わずなまえです、と答えてしまう。

彼の少しひび割れたような声に、関西弁はよく合うと思った。





「ワシは郷田龍司や。ほな行くで。」





郷田龍司と名乗った男はずんずんと歩き出す。

何がなんだかよくわからないけれど、完全にペースを握られてしまっているし

なまえはトコトコと龍司の後ろ姿を追いかけた。








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