直系の組だというのに、冴島組は意外にひっそりとした所に構えられている。

神室町の騒音から一本入った雑居ビルの4階。

リノリウムの床がどこか寒々しい。


「ご無沙汰してます。」


見張りの男に声をかける。

まだ若いトゲトゲしさの残る少年のような構成員は

顎でウス、と挨拶をすると少し軋むドアを開けてくれた。



「親父なら、応接室にいてはります。」



いつもなら書斎で何やかんや書類に押印したりしているのに

今日はどうも応接室でお待ちかねらしい。

珍しいこともあるものだと思いつつ、指示された通りに応接室へ向かった。

いくつかのパーテーションで仕切られた、少し古いながらも清潔に掃除された事務所は

インテリアのひとつもなく、殆ど無色に近い雰囲気がして

冴島らしい事務所だといつも思う。



「ご無沙汰してます。冴島さん。」



二度ほどのノックをして、応接室に入る。

なまえはやっとなぜ今回は応接室に案内されたのかを理解した。



「・・・と、真島さ「なまえチャンやないかぁ〜!!」



食い気味な挨拶は、別に今日に限ったことじゃない。

なまえはどちらかというと、真島が苦手だ。

小さい頃から怖かったし、今でも対峙して話すと上手く話せているか不安になる。

実際何かされたとか、いじめられたわけではないのだが

どうもなまえは真島だけは、面と向かって話せないのだ。

今日も無駄に多いスキンシップと大仰な仕草で、嶋野の狂犬はゲラゲラと笑っている。



「弥生姐さんから話は聞いとる。すまんな、なまえ。」

「いえ、あ、コレ、召し上がってください。」



あの甲高い声の後、冴島の低くて太い声はとても安心する。

何にしようかと迷いながら神室町をほっつき歩いていたら

ふと、冴島の刺青は虎だったことを思い出し

とらやの羊羹を手土産に選んだ。



「羊羹かぁー、ワシは甘いモンは好かんでのぅ。」



冴島に渡したはずの紙袋は、既に真島の手元にあり

中をまじまじ覗き込んで批判された。

少しへこむ。



「アホ。お前に食わすモンやないわ。」



紙袋を奪い返し、応接室前で待機していた構成員に手渡す。

しばらくすると熱い玉露と、綺麗に切り分けられた羊羹が運ばれてきた。

もちろん、真島の分も用意されていて

文句を言いながらも、彼はそれを誰よりも早く平らげた。



「冴島さん、そろそろ・・・」

「あぁ、こっちや。」



鉄砲串で歯の隙間をシーシー言いながら擦っている真島を尻目に

早く帰りたい一心で冴島に声をかける。

この頃やっとIT化が進んできた冴島組では

XPのサポート終了という、なかなか可哀想な事態に陥っていた。

相変わらずFAXが主流の東城会だが

最近では少しずつPDFだメールだ共有システムだとデジタル化してきている。



どちらかというと頭より体力がメインの冴島組の面々は

新しいPCをキャッシュで大量に購入したにも関わらず

電源の入れ方すら解らない、という始末だった。



とりあえず冴島の執務デスクに一台設置して欲しいと、書斎に通される。

なぜか相変わらずシーシーと煩い真島もついてくる。

暇なのだろうか。



「で、ここに共有ファイルのパスワードを入れて・・・」

「ほぉ、前のんより早いのぅ。」



デフラグも、アンインストールも知らない冴島の前のPCは

常に砂時計が表示されていた。

大きな椅子に腰掛けた冴島の背後から、顔を突き合わせるようになまえが覗き込んで指示を出す。

その様子を、真島はなんやかんやと落ち着き無く動き回りながら眺めていた。


「なぁ、なまえチャン。」


いつの間に鉄砲串を捨てたのだろうか。

おおよそその辺の床に投げ捨てたのだろうが

シーシーという音の代わりに、真島がなまえを呼んだ。



「・・・なんでしょう。」

「なまえチャンは、Aまでしたことあんのか?」



・・・A?



新しいOSのことだろうか、それともスマホの種類だろうか。

咄嗟に問われた謎のアルファベットに頭の方がフリーズしてしまう。



「アホッ!お前、なまえになんてこと聞くんじゃ!」

「だって気になんねんもーん。」



冴島の顔が、慌てたように赤くなる。

ソファーでくつろぐ真島の元へツカツカと歩み寄るも、

怒られた本人は大して悪びれもせず、つんと唇を突き出している。



「Aはさすがにしとるやろ。せやかてCはまだ・・・」

「何言うてんねん。普通Cからやろがい。」



AだのCだの、五十路手前の男たちが騒ぐ。

違法なドラッグのことだろうか、それとも胸の話だろうか。

何にせよ関わりたくなかったので、

なまえはどうでもいいスクリーンセーバーの設定なんかをしながら、無関心を通した。



「もしかしたら、関西と関東ではちゃうんかも知れん。」

「せやせや。まぁどっちにしろ、問題はそこやないねん。」



カチカチとマウスをいじっていたなまえに、真島の右目が突き刺さる。

内心冷や汗をかきながら、その視線に気づかないふりをする。



「で、なまえチャン。どないやねん。」



さすがに東城会の大幹部に、直々に詰め寄られては

どんな質問であれ、無視するという勇気をかよわいなまえは持ち合わせなかった。

頼みの綱の冴島も我関せずとばかりに無言で腕を組んでいる。



「あの、その・・・」



目を爛々と輝かせながら、そのヘビ柄のジャケットが近づいてくる。

なまえは心臓が少し緊張するのを感じた。



「AとかCって・・・なんですか?」







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