「お前なぁ、一般人がそう簡単に事務所入ってくんなや。」


事務椅子での流し走行に飽きたのか、今度はどこからか拾ってきたトランプで

タワーを作る作業に没頭している。

へ?と振り返った瞬間、2段目に差し掛かっていたトランプタワーが崩れ落ちる。



「だって真島さんが良いって言うんだもん。」







なまえは真島に気に入られている。

真島のお供をしながら、徒歩でバッティングセンターを目指していたある日

運悪くなまえに見つかってしまったのだ。



『だぁぁぁああいいいちゃぁぁぁあああん!!!!』



遥か南西の方角から、慣れ慣れしく自分を呼ぶ声が聞こえたと思ったら

瞬く間にその人物は自分めがけて突進してきた。

極道の集団が闊歩する往来。

誰もが目を逸らし、道を開けていくその集団に突進してきたなまえは

もしかしたらまだ物心がついていないのでは、と疑ってしまう。



とにかく、物騒な集団を上手いことすり抜け

めでたく南の元にたどり着いたなまえはテンションが高く、いちゃいちゃと離れない。



「おい!アホ!何晒すんじゃボケが!!」

「だいちゃん冷たいよー。電話もメールもLINEも無視はないよー。」



組員達がざわつきつつ、引いている。

親父の前で何たる失態であろうか。

ホンマにこいつシバき倒して沈めたろかと考えていると

真島が足を止め、ぐるりと振り返った。



「ネエちゃん、誰や?」



死んだ、と思った。

女に手を出す真島ではないが、恐らく南はよくて病院送り、悪ければそのまま・・・

一瞬気を失いかけた南を他所に、なまえはハキハキと自己紹介をすると

その物怖じしない受け答えが面白かったのか、真島がヒャラヒャラと笑い始める。



「なまえチャンかい。南が、世話んなっとるのう。」

「いえ。お世話になってるのは、私の方です。」



なまえは目が見えているのだろうか、防衛本能が備わっているのだろうか。

眼帯にテクノカット、ヘビ柄ジャケットにチラ見えする刺青の男に対し

近所の魚屋のおっちゃんと話しているように接する。

それは相当な度胸の持ち主か、もしくは自殺願望者か。

相変わらず真島は笑いながら、なまえチャン気に入ったでぇとご機嫌だ。



「ええなァ、なまえチャン。ワシの女になれへんか?」

「無理です。だいちゃんがいるので。」



あちゃーと大袈裟に身振りをつけつつ、それでも真島は嬉しそうだ。



「なまえチャン、正直やなァ。ええでー、ワシはそういうんが好きや。」

「そうですか。でも私だいちゃんが好きなんで、ごめんなさい。」



その後何とかしてなまえを追い払うと、平身低頭、五体投地で真島に謝罪する。

後頭部に金属バッドの一発程度覚悟していたのだが

当の真島は『なまえチャン、おもろいなぁ』と笑っているだけだ。

我が親父ながら、よくわからない。





そういった経緯で晴れて真島組公認南の恋人になったなまえは

顔パスでほぼ毎日、真島組に出入りしている。

他の組員にも人気があるようで、誰一人なまえを嫌っては居なかった。

武闘派ではあるが、東城会一部下の躾ができている真島組である。

良い奴揃いなのだ。



「だいちゃん、暇です。」

「帰れ。」

「だいちゃん、好きです。」

「うるさい。」

「だいちゃん、あのね・・・」



相変わらずパソコンを覗き込んだり、必要な資料をめくったりしながら

忙しく仕事を片付けている南はなまえの顔を見なかった。

なまえが口篭ったこの沈黙を、今がチャンスとばかりに画面に集中した。



「・・・明日から、もう会えなくなっちゃうんだ。」



その言葉を、聞こえているのに聞こえない振りをした。

どうせ構って欲しいが為の嘘なのだろう。

ここで乗ってしまったら、『ひっかかった?ひっかかった??』なんて調子に乗るだろうし

今は一刻も早く仕事を終わらせて帰宅したい。



「ほぉか。せいせいするわ。」



弄んでいたトランプを綺麗に箱にしまい、座っていたデスクの事務椅子をキチンとしまう。

そっか、ごめんね。と小さく呟いたなまえの声は

ヒールが足早に去っていく甲高い音でかき消されそうだった。









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