冴島さんと言えばやっぱり 焼き肉 ですよね






仕事が終わった後に神室町へ寄るのは、もう長いこと恒例になっている。

公園の直近のコンビニではすっかり顔を覚えられてしまって恥ずかしいので

なまえは土日に目的を遂行する為の物資をホームセンターで購入することにしていた。

最近、その目的がもうひとつ増えている。



日も暮れかけたある日の夕方、長引いた打ち合わせが終了し

一旦事務所に戻ろうと公園の前を通りかかったなまえの耳に、か弱い子猫の鳴き声が聞こえた。

ふと足を止めると、都会の野良猫らしく薄汚れてやせ細った猫が

ベンチの下で腹を空かせて鳴いているではないか。

動物好きだが都内のワンルームマンションでペットを諦め

アプリの動物育成ゲームで欲求を満たしていたなまえの心は鷲掴みにされた。

最寄りのコンビニに駆け込み、キャットフードを購入すると

本革のバッグを地べたに置いて手ずから猫に餌を与えた。

それ以来毎日、なまえは仕事後に猫の餌付けをしている。

今ではあの子猫以外にも4、5匹ほど常連が居る程だ。



なまえが冴島と出会ったのは、餌付けし始めてから2ヶ月程経った日のことだ。

徐々に寒くなっていく気候の中、その日なまえの仕事は失敗続きだった。

クライアントに渡す書類に不備がある、会議用に印刷した資料が一部落丁している、

PCが突然シャットダウンする、定期を家に忘れる…等々。

散々な目にあって、事務所を出たのは日付が変わっている頃だった。

いつも20時には餌の時間なのに、お腹を空かせているのではないだろうかと心配しながら

3倍速の早さで公園に向かった。

きっとミャーミャーと可愛い声で鳴きながら、あの頃より少し太った猫がなまえの足元にすり寄ってくることを想像しながら。

餌付けをしている冴島に出会ったのは、その日だった。



「行きましょうよ、猫カフェ。」



焼き肉の鉄板の側に置いたビールがぬるくなるのは早い。

本日2杯目の生中を飲みながら、なまえが訴える。



「そういうんは女友達と行け。」



あの日以来なんとなく顔を合わせるようになって、話をするようになった。

会話はもっぱら猫の話題が中心だが、時間も時間だしご飯でも…という流れにより

こうして月に何度か一緒に食事をしている。

彼が極道だということも、それなりの立場でしかも前科があるということも聞いたが

なまえにとってはどうでもいいことだった。



「猫成分が足りないんですよぉ。」



インターネットで募集した里親に拾われて、公園に居た猫たちは1匹、2匹と姿を消した。

最初なまえを呼び止めたあの子猫は、いちばん最初に巣立っていった。

今ではもう高齢の猫が1匹、それも会えたり会えなかったりだ。

肩透かしを食らって落ち込むなまえを焼き肉に誘ったのは冴島だった。

なまえは自分より年上の男が焼き肉を白飯で食べるのを初めて見た。



「暖かくなったらまた増えるやろ。」

「それはそうなんですけどね…」



脂の乗ったカルビをつまみながら、なまえは憮然としたままだ。

猫は良い。

あの額から鼻先にかけての、なんとも言えない頭蓋骨のフォルムや

柔らかい毛並みや波打つ筋肉がとても好きだ。



「ねぇ、冴島さん。DVD借りましょうよ。猫映画。」



魔女宅とか黒猫ルーシーとかねこタクシーとか。

なまえがお気に入りの作品名を挙げ連ねる。

そのほとんどを視聴済みの癖に、何度見ても悶絶している。



「冴島さん家、近かったですよね?行っていいですか?」



もうそうと決まったようになまえは元気を取り戻し

早く見たいのか食欲が戻ったのかわからないが、パクパクとリズミカルに肉を口にする。



「ええけど、手ェ出せへん自信ないで。」



サンチュに包んだ肉を箸で挟もうとした手が滑る。

驚いて冴島を見ると、彼は目も合わさず腕白に盛られたご飯を咀嚼していた。



「…え?」

「そら男と女が焼き肉食うて、家行ったらお約束やろ。」



青臭い20代の誘い文句ではなく、さらっと投げかけられたお誘いに反応することができない。

フリーズするなまえを後目に、淡々と冴島は食事を続けている。

相変わらず、彼はお伺いを立てるような視線を合わせたりはしない。



業務用換気扇が立てる大きな換気音と、店内で流れるBGM。

それと、自分の喉が大きくごくんと鳴る音がなまえの停止した思考を再稼働させた。



「ほんでどないすんねん。嫌なんか。」



俯き加減で返答を考え続けるなまえに、畳みかけるように問いかける冴島。

ふと顔を上げると、目がばっちり合ってしまった。

余裕そうに、口角をあげてにやりと笑うちょっと意地悪そうな笑顔。



「…嫌じゃないですけど?」



そんな余裕な態度がなんか腹立たしくて、口を尖らしてなまえが答える。



「ほぉか。」



くくっと小さく苦笑を漏らす冴島が、彼の大きな手で会計伝票をつまみあげて席を立つ。

もう正直、DVDとか割愛しちゃってもいいかなぁと思ってしまう。





束なら仕様が無いね



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