加齢臭 ep.龍司の場合



「ねぇねぇ、喫煙者って、やっぱ早いんだって。」


寿命の話かと思い、眉間に皺を寄せたまま新聞から顔を上げる。

だから禁煙しろだとか説教を垂れられるのだろうか。

だったらなまえこそ禁煙してみろと反論を用意しながら、

龍司は不機嫌そうになまえを見遣る。


「なにがや。」

「加齢臭するの。」


予想していなかった答えに、一瞬面食らう。

そりゃあ巷では“おっさん”と呼ばれる年齢・・・ なのかもしれない。

だが、100歩譲っておっさんだとしよう。

世の中のおっさんと呼ばれる男たちに問いたい。 金髪にする勇気はあるのかと。


「なんや、ワシが臭いいうんか。」


や、言わないけど・・・ となまえが口ごもる。

普段はっきりとした物言いのなまえだけに、天使が通過するこの沈黙は耐えがたい。

むしろ、最終判決を待つ死刑囚のような心持ちだ。


「なぁんやねん、はっきり言わんかい。」

「言ったら怒るくせに。」


ふっと笑ってなまえが言う。

本当に、底意地の悪い女だと痛感する。

これはきっと肯定の意味なのだろう。傷つけようとして傷つけているのだろう。

そろそろ本当に腹が立ってきて、龍司はなまえにまくしたてた。


「なんでワシが加齢臭なんてせんとあかんのや!お前かて鼻おかしなってんちゃうか!?」


大きい声でまくしたてると、あぁはいはい、悪ぅござんしたとなまえが手を振る。

少しは“やってしまった”感があるのだろう。

このままことを穏便に済ませようと笑うなまえを、

いつもならここで抱きしめて終わりにするのだけど

今日ばかりは近づくのが既に恐怖。

思っても居ない怒りの言葉が、照れ隠しまぎれになまえに降り注ぐ。


「せやったら証拠持ってきてみぃ!!」

「証拠・・・?」


なまえがいい加減耐えかねたのか、ふと真顔に戻った。

あかん、怒らせてもうたかも知らん。

龍司の質量の半分にも満たないであろうこの女は、怒ると怖い。

おそらく自分の人生に関わる女たちは皆、一様に気が強い定めなのかも知れない。

てくてくと寝室に歩いて言ったなまえはものの数秒で龍司の前に戻ってきた。

・・・最強の凶器を持って。


ぼふっ、と押し付けられたのは、そう。

ロマンスグレーの最大の敵。



ま く ら



「〜〜〜!! 〜〜〜!!!」


馬乗りになって顔に押し付けられると、呼吸が難しい。

必然的に、龍司はその恐怖の対象を否がおうにも堪能しなければならなくなる。


そして龍司は気づく。

どんなに髪を染めて若作りしても、どんなジャケットを着ていても、

身体の一部がとんでもないものになっていたとしても。

これは宿命なのだと。


青ざめた龍司の顔を見ながら、微笑みながらなまえは心を馳せた。

きっと、彼には想像もできないだろう。

龍司に会えない日、その枕に顔を埋めて幸せを感じてる姿を。







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