峯 ×鯖の味噌煮 という可能性








何が忙しいのかよくわからないけどいつも忙しそう。

というのが、おおよそ彼に対する大半の人間の感想だということは

百も承知な上で思うのだけれど。



どこの組よりも多くのシノギを収めているあの人は

きっと寝る間もなく金を稼ぐ作業に没頭しているのだろう。



東城会お抱えの税理士として働くなまえにとって、本部に出入りする度に目にする峯は

いつも誰かと電話していたり

廊下を足早に誰かと話しながら歩いていたりする場面ばかり目撃していた。



あの人にも眠ったり食事をしたり、ネットをダラダラと眺めることはあるのかしら。

自分の仕事はなかなか忙しいと思っていたけれど

峯を見てしまった日はそんなことを考えることすらおこがましいと感じてしまう。



「失礼します。」



3日がかりで出来上がった資料を持って、東城会会長室へ向かう。

確か16時から会議だったはずだから、まだ部屋に居るはずだ。



「みょうじさん、できましたか。」


「ええ。ただ、口頭で構いませんので確認したい点がいくつか・・・」



そう言いつつ、会長の執務用デスクへ向かう。

若いながらも貫禄のある堂島会長だが、こうして業務上のやり取りについては

時間の許す限り笑顔で対応してくれる。



「10分程度しか取れませんが・・・」

「大丈夫です。前回の納税分と、その書類を保管されている方を知りたいだけですので。」



出来上がった書類をコピーしたものを渡しながら告げる。

ニコニコと愛想のいい六代目が、ふと目線をそらす。


「・・・それでしたら、私が。」


急に、堂島会長でも自分でもない声がして驚く。

あらかじめ部屋に居たのだろうが、気配もしなかった彼に驚いた。



「・・・峯さんでしたか。」



努めて動揺を隠そうと答える。

何にせよ、峯が携帯で電話も打ち合わせもせずただ突っ立っているのを見るのは

ここに勤め始めてから初めてのことだ。



「丁度いいじゃないか。峯、みょうじさんに資料をお見せしろ。」

「わかりました。」



表情ひとつ変えず。こちらですとドアを開けて待っている。

その動作があまりに俊敏で無駄がなかったものだから

つい峯がそこで時間を喰ってしまう程見蕩れてしまった。

慌てて堂島会長に一礼し、峯さんが開けてくれている扉をくぐる。

同じく一礼した峯が案内するように先だって廊下を歩く。



コツコツという小気味良い音が、静まり返った東城会本部の廊下に響く。



「少々お待ち頂けますか。」



通された部屋には金庫がいくつか並べられ、どれもスパイ映画で出てきそうなほど頑丈だ。

東城会直系の組をひとつ任されている峯には、

一応本部にもそれなりのオフィスを与えられている。

いくつか並んだ金庫の内のひとつのダイヤルに手をかけた峯が、

こちらをちらりと見遣る。

恐らく『見るな』ということだろう。

慌てて目線を逸らし、ダイヤル音が聞こえないようにと声を出す。



「・・・峯さん、お昼は召し上がられましたか?」



チキチキという何度目かの音の後、は?といった声色で峯が返す。



「昼食は・・・どうだったか、食べた、かもしれない。」



スムーズに取り出した分厚い資料を手渡しながら、簡易な応接セットの対面に腰掛ける。

断りもなくタバコに火をつけると、深く深く紫煙を吸い込む。

それ以上特に会話もなかったので、なまえは峯から渡された資料の

目的のページを探してパラパラとめくった。



「・・・食ってねぇな。」



タバコの3分の1を消化したあたりで、峯がポツリとつぶやいた。

あまりに小さな声だったので、なまえも思わず聞き返す。



「・・・え?」

「いや、昼食を食べていなかったのを思い出しました。」



少し失礼します、と言ってソファーを立った峯が

いくつかの金庫と同列に並べられた小さな箱に向かう。

冷蔵庫なのだろうか、ワインセラーのような見た目のそれの蓋を開けると

中からいくつかの小瓶と、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。

ザラザラと粒状の何かを口に含み、透明な水で流し込む。



「失礼しました。で、お目当ての書類は見つかりましたか?」



顔色ひとつ変えず、またも応接セットの向かいに座る峯。

なまえは少し戸惑っていた。



「・・・今のが、お昼ご飯ですか?」



くっきりと刻まれて消えることのなかった眉間の皺が更に濃くなる。



「えぇ。何か。」



きっちりと着込まれたスーツには、ハリのある筋肉を連想させる皺が寄っているのに

顔と幅の変わらない首ががっちりと強そうな曲線を描いているのに。



「もっと召し上がられた方が・・・」


峯の眉間がより一層険しくなったのを見て、お節介だったかと自身を叱責する。

ダイエットがどうこうと毎日騒いでいるなまえにしてみれば

その程度の食事で満足いくのが不思議な程だ。



「よく言われます。」



笑ったか笑っていないのか、いまいち判断の付き兼ねるあたりで峯の顔が歪む。

健康そうだが不健康そうにも見える顔色だと、なまえは思った。



「・・・近いうち、お食事に行きましょう。」



それは別に、恋心とかそういうのではなかった。

ただ単に不摂生な男性を心配する女性。

老婆心といっても過言ではなかったかもしれない。



「その時は、俺の食べたいものに付き合ってもらえますか?」



チェーンスモーカーなのだろうか、新しいタバコに火をつけた峯が言う。

もちろん、と返しながら

初めて峯が『俺』という一人称を使ったことに、心ならずも動揺してしまう。



そういえば学生時代、心理学を専攻していた友人が

飲み会の席で盛り上げるきっかけがてら、垂れてくれた講釈を思い出した。

『食事をする動作と、セックスの時の動作は同じ』という話だ。



例えば、お行儀よく食事する人はテンプレート通りのセックスを

汚く食べ散らかす人は、そういう風に事を運ぶのだという。



峯のように、食事と呼べるかどうかも解らない簡素な方法で摂取する人は

どういう風なのだろうかと一瞬思案してしまう。



「・・・何がいいんですか?」



頭の中に巣食った、厭らしい妄想を打ち消すように、資料を探すことに専念しながら

吸っているのかいないのか分かり兼ねる音量で煙を吐く峯に問う。



「・・・鯖の味噌煮、とか。」



思いもかけず庶民的な返答に、思わず顔を上げる。

もっとこう、フォアグラとかテリーヌとか

そういう横文字な食事が出るものだと思っていた。



なまえの手は目的の資料あたりですっかり止まってしまっていて、

この書類の束で間違っていないということを判断すると、

これ以上はこの部屋に用はないだろうという風に峯が立ち上がる。

先ほどと同様、峯に開けられた扉をくぐらざるを得なくて

反射的になまえは立ち上がり、そこを通る。



廊下までの数十センチではあるが、見送ってくれた峯に一礼すると

なまえに与えられている本部内の個人書斎へ向かおうと脚を向ける。



「あぁ、でも」



ドスの効いていない、澄んだ声は峯の特徴だ。

突如聞こえた追加の投げかけに、ふとなまえが振り返る。



「俺、魚上手く食べられないんですよね。」


皮を剥いだり、骨を取り除いたり、身を解したり、ひっくり返したり。

一体この男はどのように食べるのだろう。

錠剤や水ではなく、固形の食事を

一体どのように摂取するのだろうと、一瞬にして興味が沸く。


「・・・近いうち、ご一緒しましょう。」

「えぇ、是非。」



口約束になるかならないか、全てはお互い次第。

好意かそうじゃないかと問われれば

そんな簡単に説明できない男女関係もあると答えたい。



ただひとつ確信があることは

きっと彼が魚を食べる様を見届けた日には

同じようにして召し上げられてしまうのは必然、ということ。










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