桐生 × ゴーヤ という可能性




「あっつぅー!!!」



バタバタと足音荒く、なまえがあさがおの縁側にへたりこむ。



「なまえお姉ちゃん、ダメだよ! 次は私たちと遊ぶんだから!」

「なんだよ、綾子! まだプロレスごっこは終わってねぇんだぞ!!」

「太一ずるいよぉ!」



静かだったあさがおが急に騒がしくなる。

渦中のなまえはといえば、もうだめだといった表情で

汗が滲んでぴったりとくっついたTシャツをぱたぱたと扇いでいる。



「ちょ、ちょっと休ませ・・・「もー!みんな!!」



仁王立ちになった遥が、縁側に怒鳴り込む。



「なまえお姉ちゃん困ってるじゃない。それに太一は宿題やったの!?」



ひぇぇ、と声をあげながら子供部屋へ退散していく太一。

それでもまだなまえの周りには子供達が群がっていた。



「大丈夫だよ、遥ちゃん。」

「でも、なまえお姉ちゃん、せっかくゆっくりしようって沖縄に来たのに・・・」



一週間ほど無理やり休みを作って、なまえは沖縄に旅行に来ている。

兼ねてより桐生と持ちつ持たれつでいくつかの仕事を片付けてきたなまえの沖縄訪問を

桐生も遥も心から歓迎した。

『せっかくの夏なんだから、沖縄でゆっくりしたらいい』との桐生の申し出で

次の日には小さなスーツケースひとつ持って、飛行機に飛び乗っていた。



「いいよいいよ、遥ちゃんと桐生さんが元気な顔見られたから。」



よぅし、次は女子チームで縄跳び大会だ!となまえが砂浜に駆け出していく。

後を追うように子供達の歓声も遠のいて行った。



「世話をかけるな、なまえには・・・」

「おじさん・・・」



裏庭の塀の修理を終えた桐生が縁側に顔を出す。

遥が声をかけると、桐生はぽんと遥の肩に手を置いた。



「遥も、遊んで欲しかったら遊んで欲しいって言うんだぞ?」



一番年長だからと、常に我慢をする子だというのは

桐生だけでなくなまえも勿論解っていることである。

でも・・・と口ごもる遥の背中を急くように押す桐生が優しく微笑む。



「遥ちゃーん!! 何してんの!? こっちおいで!!」



あさがおの目の前に広がる、広いビーチで汗まみれのなまえが呼ぶ。

その手には長い縄跳びが握られ、忙しなく回されている。



「はぁーい!!」



弾かれるように元気な声を発し、遥もその輪に溶け込む。



あー、志郎ひっかかったー

俺じゃないよ、三雄だろ

違うよ! 綾子だよ!

あーはいはい、お姉ちゃん回すの下手でごめんねー



ゆっくりとオレンジ色に染まって行く海辺で、子供達を宥めるなまえの声が聞こえる。



「太一、ほら、お前も行ってこい。」



開け放たれた子供部屋で、ふてくされながら宿題をしていた太一に声をかける。

ありがとう、おじさん!と満面の笑みを返した太一は

目にも止まらぬ速さでなまえの元へと駆け出していった。











「ぷはぁー!!! オリオン、最高!!」




滞在して3日目の夜。

流石に沖縄にバカンスに来てまで子守ばかりでは辛かろうと、桐生がなまえを食事に誘った。

あさがおからそう遠くない、小さな沖縄料理屋だ。



「なまえなら泡盛もいけそうだな。」

「もちろん! あ、桐生さんも泡盛にします?」


明るく、子供だろうと極道だろうと分け隔てなく接するなまえは

桐生の空いたグラスにさえ気を遣う。



「気にするな。今夜はなまえに沖縄を楽しんでもらう夜だ。」



リゾート地である沖縄は、男が遊ぶのには事欠かないナイトスポットは多々あれど

女のなまえと楽しめるデートスポットはせいぜい沖縄料理屋程度のものだ。



美ら海水族館、ひめゆりの塔、首里城等には全く興味を示さないなまえに

沖縄を楽しんで貰うにはどうしたらいいだろうと遥に相談したところ

『おじさんとご飯に行けばいいんじゃない?』と軽い提案を間に受けただけのこと。



せっかくなので、と遥が学校で調べて来てくれたおすすめの沖縄レストランへ足を運んだ。

アロハシャツを来た店員が第一声、ハイサイ!と声をかけるそのレストランは

沖縄の綺麗な海の上に建てられ、流しの歌うたいがテーブルを回る。



「はぁ〜、すっかり沖縄気分。ありがと、桐生さん。」



上機嫌ななまえが泡盛をちびりと飲めば、耳がカーっと赤くなるのが可愛らしい。

あさがお前のビーチで子供達とあそんでいる内に、すっかり日焼けしてしまった

ホルターネックの日焼け跡がちらちらとうなじに現れては消える。



「楽しんでもらえて、何よりだ。」


ミミガー、ソーキそば、スパム、オリオン、泡盛。

これでもかというほどの沖縄色で埋め尽くされたテーブルに、心地いい波の音が響く。



「あ!私としたことが!!」



それまでバクバクと沖縄の恵を口いっぱいに頬張っていたなまえが叫ぶ。



「ゴーヤ! ゴーヤチャンプル!!」



すいませーん!と勢いそのままに店員を呼び止めるなまえ。

沖縄らしい、少し日焼けした店員が人の良さそうな笑顔で注文を取る。

ニコニコと満面の笑みでお目当てのそれを注文したなまえは

また話しながら食事をするという器用な作業に戻る。



「・・・ゴーヤチャンプル、好きなのか?」



実を言うと、桐生はゴーヤが得意ではない。

いや、むしろ苦手な部類だ。

ピーマンが苦手な桐生は、野菜のくせにそこはかとなくピリリと苦い食材が苦手なのだ。

薬や酒の苦味はさほどではないが、どうもピーマンとゴーヤの苦味だけは受け付けない。

あの、鼻の粘膜に残る苦味が、生理的に好きではないようだ。



そんな桐生の心情を知ってか知らずか、なまえは相変わらず食事を進める。



「だって沖縄といえばゴーヤチャンプルでしょ。」



オリオンをぐいと飲み干し、ロックの泡盛を更に流し込む。

元々酒には強い女だったが、30度を超える泡盛をこうガブガブと飲める女も珍しい。

古酒に舌鼓みを打つなまえを、たまたま隣に座っていた現地の老夫婦が

お姉ちゃん、気持ちいい飲みっぷりだねと褒め称えた。



「もしかして、桐生さんゴーヤ苦手?」



確信をつかれ、ドキリとする。

卵やその他の食材で多少マイルドにはなっているものの

あの苦味はその形状を見るだけで舌先に蘇る。



「あ、いや、あの・・・」



どう返答しようかと答え倦ねている間にも、問題の品はテーブルに運ばれてきた。

匂いはさほどないが、やはりその独特な形状は同様に独特な風味を彷彿とする。



「さ、どーぞ。」



手際よく桐生の小皿に取り分けられたそれには、きちんとゴーヤが添えられていた。



「・・・実はゴーヤは、少し・・・」

「苦手なんでしょ。大丈夫。」



堂島の龍ともあろう男が、とケタケタ笑うなまえは相変わらず泡盛を舐めている。

その唇にひょいひょいゴーヤが運ばれ、咀嚼される度に

何とも言えぬ胃の浮くような不快感と、なまえの唇の動く様の狭間で心臓がざわめく。



勢いだとばかりに、ひと切れ箸でつまんで口に放り込むと

やはり噛み砕いた先からじんわりと、予定調和の苦味が口内を襲う。



「苦い?ねえ、やっぱり苦い?」



なまえはニヤニヤと笑いながら、桐生がゴーヤと戦う様を眺めている。

あまりの気持ち悪さに胃の中の物まで逆流してしまいそうだ。

必死の思いで飲み下そうと葛藤していると、目の前のなまえが泡盛をがぶりと口に含んだ。



そして。



「・・・!?」


じゅるっという音と共に、桐生の口の中に度数の強い古酒が流れ込む。

水分を流し込まれた口内は飲み下す以外の選択肢がないかのように

それはそれはあっさりと、苦いゴーヤごと口内の全てを食道へと送り込んだ。



「・・・ほら、大丈夫だった。」



さらさらと流れるなまえの前髪が、桐生の鼻先に触れる。

確かに触れ合っていたなまえの唇の端から、透明な液体が流れている。

それは唾液だろうか、度数の強い酒なのだろうか。



「なまえ・・・ お前、今・・・」

「もう食べられるでしょう?」



沖縄の人々は優しく、おおらかで、賢い。

徐々に冷静になった耳に届くのはただの雑音で、人々が食事を心から楽しむ声。

先ほどなまえの飲みっぷりを称えた老夫婦も、素知らぬ顔で食事を楽しんでいる。



「泡盛って、案外強いのね。」



何食わぬ顔でゴーヤチャンプルを口に運ぶなまえが、思わせぶりにニヤリと笑う。



酔っぱらっちゃった

そろそろどこかで休まない?

二人きりになれる所がいいな



そんな使い捨てられた台詞は今や、神室町でも沖縄でも通用しない。

せいぜいバブルの世界に今なおしがみつく、トレンディドラマの世界の住民たちを偲んで

この後起こるであろう、沖縄の夜に似合いな熱い展開を想像する。



遥には申し訳ないが、もう少し彼女の大好きななまえお姉ちゃんを楽しませてあげようか。



満点の星空、優しい波の音、肌に触れては消えていく生ぬるい、じれったい風の温度。

ほんのりと頬を赤らめたなまえの手首を掴み、行くぞと声をかける。

返事もせずに挑戦的な目を向けるなまえに唆られる。



「介抱してやるよ。」


あらゆる欲求と扇情的な予感を湛えた桐生の声が、なまえの耳に遠く深く響く。






prev next









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -