後れ居て恋ひつつあらずはひ及かむ




「なぁなまえ、お前さ、俺が死んだら泣くか?」



突然話しかけられて、ふと視界が広くなる。

キーボードを打っていた手が止まって、なまえの肩から力が抜けた。

ふと画面下部のデジタル時計に目をやると、先ほど休憩してから3時間が経っていた。

首を動かすと、長いこと凝り固まっていたのか大きな音で骨が鳴る。

そのまま傾げた頬に手をついて、少し考えたなまえが答えた。



「泣かないと思う。」

「だよなぁ。」



一服して休憩でもしようかと、右に置いてある煙草に手を伸ばす。

ボックスの中で残り2本になった煙草がことんと揺れた。



「何、死ぬの。保険会社に電話して受取人確認してからにして。」



どこで手に入れたかも忘れた、薄い水色の100円ライターの点火ボタンを押しても

なかなか点かなくてイライラする。

よく見ると残りのオイルがほんの少しになっていた。



「テキパキと人が死ぬ準備すんな。」



まだ死なねぇよと言いながら佐川がZIPPOを差し出した。

煙草を咥えたまま首を延ばすと、溜息をつきながら点けてくれた。



「葬式とか、やってもお前どうせ来ねぇだろ。」



キン、と小気味良い金属音がしてZIPPOを閉じた。

渋く使いこまれた純銀製のZIPPOは、形見分けの時に貰いたい。



「月末と月初じゃなければ、行ってあげてもいいよ。」

「冷てぇなぁ…」



ゆっくりと肺の深くまで紫煙を吸いこむなまえに対して

佐川は数口で煙草をもみ消した。

自分だってきっと同じことを言う癖に、と思ったけれど

なんだかコメントするのが馬鹿らしくなって、何も言わずに煙草を吸った。



「やっぱ俺って、死んだら地獄行くのかな。」



ソファで明後日の方向を見ながら呟く佐川に、横顔だけで頷いた。

きっとあの眼帯の、髪の長い男は喜ぶだろうと思った。

そもそもどういう理由で、神様が佐川のような男を天国へ連れて行ってくれるのか

色々考えたけれどやっぱりそれらしい理由はひとつも思いつかなかった。



短くなった煙草をもみ消して、なまえはまたパソコンに向き直る。

集中して取り掛かったお陰で終わりはもう見えそうだ。

少し休憩を挟んだことで全体のレイアウトを客観的に見ることができて

あぁここはもう少しこうした方が良いななんて考える余裕もできた。



「お前もたぶん、地獄なんだろうな。」



いくつか打ち込んだところでぽつりと佐川が言う。

手を止めてまた少し考えてみたけれど、佐川同様

なまえ自身も天国に連れて行ってもらえるような心当たりはなかった。



「私死なないの。魔女だから。」



面倒になって適当に答える。

フン、と鼻で笑う声が聞こえた。



「不老不死ってやつか。」

「そう。だからいつまでも美人なの。」



くだらない戯言に付き合わされて、もう集中力は戻って来る気配がなかった。

煙草でもったりとした口の中を潤そうと、冷蔵庫に向かう。

ミネラルウォーターを取りだそうとした手が一瞬迷って、冷えた缶ビールにたどり着いた。

指先で2本を器用に掴んで1本を佐川に手渡すと、彼は何も言わずに受け取った

こういう時プルトップを開けてくれないところが、積み重なって天国への道を阻んでいるのだろう。



「だよな。お前美人だもんな。」



小声で呟いて、ビールをちびりと煽る。

哀愁漂うニュアンスに、二口目を口に運びかけていたなまえが一瞬止まった。



「何、ホントに死ぬんじゃないの。」

「うるせぇ。」



口の端を釣りあげて笑う、独特な笑い方は天国には似合わないだろうと思った。




道の隈廻に標結へが背




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