アルデバ





意外だと言われることが多いのだが、なまえにとってはそれが当たり前だった。

例えば出勤前の朝の情報番組で流れる星占いだとか

移動中の電車で見上げる血液型占いだとかを、少し信用する。

良いことだった日は多少テンションが上がるし、悪いことだった日は見なければ良かったと思う。

それはそれで結構。

日々仕事漬けの毎日に少しでもメリハリが出るというものだ。

だから今日も雑誌の最後のページの星占いを熟読してしまったことは

自然な流れといえるだろう。



「そんなん信じてるんか。アホくさ。」



もう夕方だというのに大きな欠伸をしながら、寝惚けた顔の真島が寝室から現れる。

ソファに埋もれるように座った膝の上に広げていた雑誌をのぞき込んで貶し

いつものようになまえの冷蔵庫を勝手に開けて500mlのミネラルウォーターを取り出す。

その不躾な行動にも、もはや何も思わなくなってきている自分がいるのが不思議だ。



「信じてるわけじゃないけど、気になる。」



言い訳のように言い返すと、へぇへぇと気のない相槌を打って真島が煙草に火をつける。

深く深く肺の奥までたっぷり紫煙を吸い込んで、彼はさも旨そうにそれを吸っている。

その様子を視界の端で見送って、なまえは再び星占いを読み込んだ。

どうやら健康運は不調とのこと。

確かに数日前に友人と行ったボーリングの筋肉痛がまだ残っている気がする。

今週末は展示会の準備もあるし、いかにも怪我をしそうだ。

恋愛運は好調… なるほど、どうせなら金運か仕事運が良い方がありがたいのに。

年上の彼と急接近、振り回されちゃうかも!だそうだ。

これ以上振り回されるのは勘弁して欲しいなぁと思いながら、ゆっくり喫煙を愉しんでいる真島の方を見遣る。



「真島さんて何座だっけ。」

「知らん、そんなん。」



でしょうね、と内心思いながら誕生日はいつだったか考える。

本人から直接聞いたことはないが、誕生日をスルーするととても機嫌を損ねるらしく

西田がこっそり教えてくれた日付は牡牛座だった。



「何て書いたあるん。」



吸いかけの煙草を口に咥えたまま、真島がソファの背もたれ越しに問いかける。

左耳の後ろから副流煙が流れて来たかと思うと、するっと蛇のように白い腕が回され

なまえの立てた両膝と胸の間で組まれる。

ほとんど取れかけた香水の匂いと、いかにも身体に悪そうなニコチンの匂いが混じって

慣れた恋人の匂いに少し安らぎを覚える。



「馬鹿にしたくせに。」

「気になる。信じてへんけど。」



背後からのぞき込んでいる割に、自分で読む気はないようだ。

読めとせがむ無言のプレッシャーが肩の上に置かれた顎から伝わってくる。



「金運悪いって。健康運も。」

「うわ、聞かんかったら良かった。」



大してショックも受けて居なさそうな声でそう言うと、手を伸ばして煙草をもみ消した。

手持無沙汰になったのか、なまえのシャツの下から手を入れて

ごそごそと腹を弄るのがくすぐったい。



「ええことは書いてへんのかい。」

「んー…、あ、恋愛運は良いって。」



積極的なアプローチが吉と出る、といった趣旨の文章を読み上げる。

ふぅん、と興味のなさそうな返事が耳元で聞こえた。

さて最後まで読み終わったし、巻頭特集で掲載されていた使い勝手の良さそうなパンツが

近場で手に入るか調べてみようとショップリストのページに移行する。



「いたっ!」



ルーズに髪をまとめた、むき出しの首に痛みが走る。

首を捻っても確認できない位置に内出血を付けて、真島が2本目の煙草を咥える。



「積極的にって言うたやん。」



先ほどより少しは覚醒したのだろうか、肩越しにニヤニヤ笑いながら煙草を吸う。

反論も説教も馬鹿らしくなって、なまえは短く困ったような溜息をつくと

真島の長い指に挟まれた煙草に首を延ばし、吸いかけのそれを一口大きく吸った。



「信じてないくせに。」

「悪いことはな。」



なまえのそれよりも随分重い紫煙が肺に流れていくと、柔らかいソファにずっしりと深く沈んでいく気がする。

年上の彼に振り回されるのは、占うまでもないことだと

雑誌の右上に記載してある怪しい名前の占い師に教えてあげたくなった。








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