neighborhood



完全に油断していた。

治安が悪いのは重々わかっていたけれど、ここに住んでもう何年も経つし

仕事帰りの結構ヨレヨレな格好だし、

夕ご飯にしようと思ってた牛丼を片手に持っているし

しかもそれが冷めないように結構早足で歩いてたし。

だからまさか自分がヤンキーに絡まれるなんて、数分前までは知る由もなかった。



「ちょっとだけだからさぁー」

「別にタダってわけじゃないんだよー。奢るからさ、カラオケくらい。」



いかにもガラが悪いです、というような格好をして

いかにも何かしよういう物腰でにじり寄る若者たちが無鉄砲で怖い。

ここ数年仕事かまけてナンパすらされなくなったものだから

こういう時どんな顔をすれば良いかわからないの。



「いや、でも、牛丼冷めちゃうんで。」



怯えながらも精一杯なまえがそう言うと、何が面白かったのか

なまえを取り囲んだ若者たちが爆笑しだす。

これはあれか、今流行りの危険ドラッグでもやっているのだろうか。



「いいじゃん、そんなの。」

「そうそう、そんなの食ってるから彼氏居ないんだっておネェさん。」



完全に格下に見られているのか、ヤンキーたちは言いたい放題だ。

道行くサラリーマンたちは日常風景なのか見て見ぬふり。

疲れているしいい加減頭来たなぁと思いながら、110番する隙を伺う。

しかしなまえ1人対複数人だし、空腹であまり頭も回らないしでほとほと困ってしまう。



「よく見れば意外に可愛い顔してんじゃん。」

「あー、よく見ればね。よく見れば。」



言うに事欠いて彼等の悪ふざけは度を超していく。

こいつらをセンターに入れてスイッチを押せたらどれだけスッキリするだろう。

イライラが頂点に達してきて、今絡んでいるヤンキーたちよりも

なまえに仕事を押し付けて早々に帰宅した上司を恨みたくなった。



「おう、よぉ見とけよ。」



一級品の別嬪やさかいなぁ、とか言いながらズカズカと大股で歩いてくる。

白いスーツと、ヤンキーより何十倍もガラの悪いサングラスの男が近づくたびに

先ほどより更に人混みが遠ざかって行った。



「渡瀬さん。」

「おうなまえちゃん、どないしたんこんな時間に。」



簡単に言えばご近所さん。

なまえの住むワンルームマンションの向かいに事務所を構える渡瀬組は出入りが多く

一方通行の細い道に面している。

駐車場の入り口に黒いセダンが停められて、なまえの軽が立ち往生してしまっている時に

舎弟をどやし付けて退かしてくれた数年前から、顔を見れば無視をするのも気が引けて

そこそこ挨拶だけするようになった。



「ちょっと残業になっちゃって。」



それでこんなのに絡まれる始末に…とかなり手短に説明する。

こんなの、と言われたヤンキーたちは多少気に障ったようだが

それよりも渡瀬の存在に威圧されている。

わかったと一言呟いた渡瀬が彼等に振り返るのと、彼等の鼻血が道路に滴るのは

ほとんど同時だった。



「はよ眼科行け。ほんで目ん玉取っ替えてもらえ。」



シッシと手を振ると、ヤンキーたちは逃げる様にその場を後にした。

すいませんでしたぁと謝る声があっという間に遠ざかった。



「ありがとうございました。助かりました。」

「ええって。女は守られてナンボや。」



何の躊躇もなく人を殴った後にさらりとカッコいいことを言う。

なまえが小さく下げた頭を上げると、渡瀬はこちらを見もしていなかった。



「ほな、気ぃつけて帰りや。」



現れた時と同じように、また大股で人混みの中へ歩いていく。

夜の繁華街に埋もれていく背中を見ながら、明日もしまた残業になったとしたら

たぶん嫌がらないだろうと思った。








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