計略的ビアンカーヴェ



一日のスケジュールは前日の夜にしっかり立てて行動しているはずなのに

クライアントの都合でどうにでもされてしまうのが営業活動の辛い所だ。

実入りは良いがお日様に顔向けできない職業の人と関わるのはやっぱり怖いし

いっそ民間のお客様を切ってそっち一本でやっていけば諦めもつくのだろうけど

日々の食い扶持は逃したくないのが正直な意見だ。

なまえがミレニアムタワーの上層階にあるその事務所に着いた頃には

街中に酔っ払いがちらほらと見受けられる時間帯だった。



「お待たせしてすみません。」

「おう、遅かったやないか。」



本来なら関わり合いになりたくないような眼帯と圧倒的な服装センス。

上京してきたばかりの頃はこのような男と会話するなんて想像したこともなかったし

ましてや素敵だと思うことなんて、今でも否定したくなる。



「なまえチャン待ってる内に、一杯やってもうたで。」



ケラケラと笑いながら無駄に広い書斎にアルコールの匂いがする。

この匂いは日本酒か、それも大吟醸か何か、高級そうだ。

最近やっと常備酒が第3のビールから普通のビールに格上げされたばかりのなまえは

ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまう。



「すみません。急な呼び出しだったもので。」



そろそろ終業かという、とっぷり日も暮れた時間になって急に呼び出しておいて

勝手に一杯やって『遅かった』とは無礼千万な男も居たものだ。

尤も常識の通用しない世界だし、ましてこの男は突出して常識というものを知らないのは

この数か月で嫌という程学んだ。

それは例えばこんな風に下の名前で気安く呼ばれることだったり、

まだだいぶ中身の残っている日本酒の瓶を直接口に付けて呑むことだったりする。



「まぁ怒りな。別嬪が台無しやで。」



余程酒が旨かったのだろうか、上機嫌な真島が書斎をフラフラ歩く。

突然の電話で持ち込まれた案件に必要な書類を応接用のテーブルに並べ、

口元だけを嫌味のようにニヤッと持ち上げる。

勿論、目元は笑ってなどやらない。



「ここに押印してください。あと、署名も。」



スーツの胸元から何年も愛用しているペンを取り出して脇に添える。

デスクに適当に置いてあった社判を持って、やる気のない返事と共に真島が向かいに腰掛ける。

一瞬機密管理はどうなっているのかと疑ったが、そもそもこんな物騒な事務所に押し入る強盗等居ないなと思い直して

なんて高度なセキュリティだとひとり感心した。



必要以上の圧で乱暴に押印をして、意外と綺麗な字で署名をした後

おい、と外へ真島が声をかける。

1分も経たない内に、こちらも目を見張るほどの高セキュリティな若い男がやってきて

小さめの透明なグラスを応接テーブルに置いた。



「まぁ、呑み。今日はもう流石に終いやろ。」



なまえの返答を待たずにグラスに酒を注ぐと、それを勧めてくる。

反射的に受け取ってしまったそれがぐらりと揺れて、思わず少し零しそうになる。



「仕事中ですから…」

「つべこべ言わんと、ほれ。」



かつんと一方的に乾杯させられたグラスを真島は一気飲みする。

いつも白い首筋が少し赤くなっていて、露出していない部分はどうなのかと

革手袋の下の指を想像することがとてもいけないことのような気がしてしまう。



「どないしたん。」



見惚れてんのか、とからかうように笑われて咄嗟に否定する。

あんまり真島が旨そうに酒を呑むものだから

あまり得意ではない日本酒がとても美味しそうに思えてくる。

透明で水より粘度の高い酒が、早くなまえの喉を通りたそうに揺れている。



「…お酒、強くないんですよ。」

「そら楽しみやなぁ。」



もう次を注ぐような体勢に入っているのが少し怖い。

手元のグラスから立ち上るアルコールの匂いが脳を鈍らせている。

いけないことだとわかっていながら、それに口をつけようとする瞬間

あぁあのおとぎ話の主人公はこんな心持ちだったのかも知れないと知った。





それは赤くはいけれど





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