Plaisanterie



最近ハマっている携帯のアプリが手放せない。

もちろん仕事中や誰かと一緒に居る時は弄ったりしないけれど

帰宅する電車の中や夜眠る前のベッドの中でひっきりなしに携帯を触ってしまっている。

その内課金してしまいそうで怖いけれど、そこはまだグッと堪えられている。

しかしながら本当に中毒になってしまったと気づいたのは

本来ぼぅっとリラックスしているはずの湯船でも、携帯を弄っていた時だ。



バスタブにお湯を張って、いい香りのする入浴剤を入れる。

防水ケースに入れた携帯から音楽を流し、アプリを起動する。

今日はいつもより早く仕事を切り上げられたので、時刻はまだ21時。

ゆっくり入浴してもまだ深夜番組が始まっていないことがとても嬉しい。



「はぁ〜、今日も疲れたなぁ…。」



首を回せば骨の鳴る気持ち良い音がする。

肩が冷えないようタオルをかけ、少し温い位の湯に浸かっていると

冷えた足先や腰からじんわりと疲れが抜けていくようだった。

起動したアプリを無言でやりこみながら身体が温まるのを待って

少し汗をかいた頃に上がり、呑むビールが最高なのだ。

そんなことを考えながら、なまえはいそいそと画面を触っていた。



「わっ!」



突然の振動に、もう少しで携帯を落としそうになる。

どれ位熱中していたのだろうか、随分やりこんでいた画面が突如変わって

着信を表示していた。



「はいはーい。」

『…えらく機嫌が良いな。』



電話の相手は、峯だった。

週に1、2度会えるか会えないかだが、一応恋人らしい関係ではあるようだ。

もっとも、それは友人ではしないことをしていたり

お互いそういう関係の異性が他に居ないことからの消去法的な推測だったりするのだけど。



『今夜はこの後空いている。どうだ。』



時は金なり、を地で行く男の誘い文句は端的で無駄がない。

そういう所が好きかと聞かれれば嫌いではないけれど、今日は生憎もうオフモードになってしまっている。



「今日は…ちょっと。」

『そうか。』



いつもならここでブツッと切られてしまう。

一方的だけれど誘ってくれるだけまぁ良いかと許せるし

むしろここで食い下がる男だったら面倒過ぎてなまえの方から切ってしまう。

仕事と、最近ハマっているあのアプリ以外は非常に淡泊な性格が合うからこそ

一緒に居られているのだと思う。



『今、どこにいる。』



通話終了の音を待ちながら、アプリの次の展開を組み立てていた頭に

明らかに訝し気な峯の質問が投げかけられる。



「家だけど。どうしたの?」

『声が響いている。』



浴室の壁に反響してしまったのだろうか、恐らくいつもよりくぐもった声が電話越しに伝わっているはずだ。

淡泊な所が気に入っているけれど、気にされて少し悪い気はしない。



「お風呂。今ね、入浴中なの。」



なまえはにやにやと笑いながら、わざと湯船の音をちゃぷちゃぷ響かせる。

ぴちゃぴちゃと水滴が指先から水面に落ちる音をマイクに拾わせた。



『誘ってるのか。』



フッと鼻で笑ったかのような吐息と共に、峯の口元が緩んだのが電話越しに伝わった。

さぁどうでしょうと笑い返してみると、電話の向こうで車のエンジン音が静かに聞こえていた。



『あと10分で着く。』



先程までとは違う、少し揶揄うような楽しそうな声。

普通の人なら気づかない程の、このような機微がわかるほどには一緒に居るのだと

改めて実感する。



ブツッと唐突に電話が切られ、通話を終了する高い音がする。

さて、本当に10分でやって来るのだろうか。

まぁ彼は冗談を言うような男ではないのだけれど。










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