スター




月末は、殺人的に忙しい。

ましてや今月は本当に何人か死人が出そうなくらい忙しい。

いくつかの案件が一気に〆に入ったこと、有能な部下が一人盲腸で入院してしまっていることに加えて

定期的に入る邪魔の所為。



「だから、もう帰ってくれない?」



割と大き目なデスクの上は重なった大きな事務ファイルで8割方潰れていて

几帳面ななまえでさえペンをペン立てに返さない為に、更にデスクが散らかっている。

ガラスで仕切られたオフィスの向こう側では、なまえの部下たちが

慌ただしくあっちへ行ったり電話をしたりしている。



「帰りますよ、なまえさんと一緒にね。」



差し入れにスタバのコーヒーを持ってきたかと思えば、ちゃっかり自分の分も用意していて

出窓に軽く腰掛けた馬場が笑顔で言い返す。



「忙しいんだけど。」

「邪魔はしてないじゃないですか。」



ね?と両手を広げて見せる馬場が少し憎らしい。

受付に何を言って騙くらかしたのか知らないが、馬場が顔パスで事務所に出入りするようになって数週間が経つ。

永く独り身だったなまえに恋人ができたことを部下たちが喜んでいるのだろうか。

正確に言えば恋人にしたつもりはないけれど、その人懐こい笑顔にやられて

何度か食事に行ったことはある。

付き合うだのデートだのが面倒だったので、都合よく飽きたらフェイドアウトすればいいやと高を括っていたのが間違いだった。

何度も断り続けた誘いの末に、こうしてオフィスに押しかけられるようになるとは。



「終電過ぎるかも知れないし、待ってても無駄かもよ。」

「あれ?納品日は定時退社ですよね。」



キッと睨むなまえを後目に、馬場がしゃあしゃあと抜かす。

確かに納品日は納品の時刻までが修羅場だが、それを過ぎればほぼ全員定時退社だ。

誰だその情報を漏らしたのは。

きっとあの若い社員だ。あの子はイケメンに弱い。



「…会議とかあるし。」

「部下みんな帰っちゃって、誰と会議するんですか。」

「…いろいろ片付けないといけない書類もあるし。」

「さっき今日は一人でバッティングでも行こうかなって、あの人と話してましたよね。」

「病気の母のお見舞いが…」

「なまえさんのお母さん、お父さんと一緒に韓国旅行中じゃないですか。」



言い訳を出し尽くして、次の手に詰まる。

溜息とも笑い声ともつかない表情で馬場が足を組み替える。



「いいですよ、俺いつまでも待ってますから。」



何か反論しかけて、なまえのオフィスのドアが開けられる。

納品が無事に完了したことを告げるその向こうから、安堵感に包まれた部下たちの声が聞こえる。

お疲れさま、と声をかけてなまえはオフィスのドアを閉めた。

時計はもうすぐ定時を指す。

それぞれが一刻も早く退社しようと、追い込みと変わらないスピードで締業務をこなしていく。



「ほら、なまえさんも早く仕事片付けましょう。」



急かされて仕方なくPCに向き直る。

ディスプレイ上ですべての案件が滞りなく完了したことを知る。



「あ、やっぱちょっとトラブル。今日は無理そ…」

「俺に嘘がつけると思ってるんですか?」



なまえの思惑を見透かしているように、こちらを見ることもなくピシャリと言う。

悔しいので少しでも待たせる時間を長くしようと、意味なく書類の角をキッチリ揃えてみる。

その様を見遣って、やっぱり余裕綽々とばかりに馬場が苦笑を浮かべる。



「可愛いとだなぁ。」






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