Bremen










他人に興味のないような男との付き合いは意外と心地が良かった。

下手に過去のことや身の上を突っ込んで来たり、武勇伝をひけらかすような男とは

正直反りが合わないのだと、20代も半分を過ぎた頃から実感するようになっていた。

物事に執着のないような峯はいつでも勝手に部屋に転がりこむなまえを拒否することもなかったし

なまえも別に、峯が何を考えているかなんて気にも留めなかった。

適当な男と朝まで呑んで、酒臭いままいつも通り峯の部屋へ転がり込むと

彼はシャワーを浴びたばかりだった。



「おはよ。」



たぶん、顔はアルコールの所為で赤い。

口紅を落としたあの男の名前は知らない、忘れた。

峯はなまえの挨拶に少し首を動かす程度の返事を返して、タオルで髪を拭っていた。



「眠いの、ベッド借りる。」



ハンドバッグとアクセサリーを適当に投げて、夜の気配のする黒いワンピース一枚になると

なまえは了承も得ずにベッドへ潜りこんだ。

朝だし、外出前だったかも知れない。

ちょっと悪いことしたかな、と虚ろな頭で考えて居ると峯は水を持ってきた。



「飲め、酒臭ぇ。」

「んー…」



水のペットボトルは柔らかくて、握るとべこべこ凹みそうだった。

何度か空振りをしてキャップを開くと、喉を鳴らして流し込む。

ベッドの脇に座った峯の髪はまだ少し湿っていた。



「良い身分だな、朝帰りか。」

「夜に来て欲しかった?」



峯は質問に答えず煙草に火を点けた。

夜にここへ来たところで、どうせ誰もいない。

峯もなまえも、適当な相手と適当なところで会って適当なことをする。

人生の休憩地点にお互いが居るというだけの話だ。



「疲れた、生きることに。」



365日24時間フル稼働で生きている、脳味噌の2割は常にそんなことを考えている。

希死念慮というのはこのことなのだろうか。

考えるのも面倒だし、ただアルコールで脳も身体も疲れている。

駄目な大人と自由な大人というのは似て非なるもののようだ。



「酒呑んで遊んで帰ってきて、言うことがそれか。」

「よく生きることはよく遊ぶことよ。」



喫煙者の癖に煙草を持ち歩かなくなったのはいつからだろう。

必要になれば誰かしら差し出してくれる男はそこらじゅうに散らばっている。

そういえば腕時計もしなくなった。

なまえがちょいちょいと手を伸ばす、煙草を欲しがる仕草をすると

峯は無言で指を差し出した。



「どこか旅にでも出ようかしら。」



疲れている時、嫌なことがあった時、何かに躓いた時、退屈な時

なまえは毎回そんなことを呟いている気がする。

死ぬくらいならいっそ誰も知らない、見たことのない土地へ行ってみるのも悪くはないと常々思っているけれど

たぶん今際の際になったって、腰を上げないだろうことも解っている。

生きているだけで疲れてしまう、現代社会は辛い。



「どこに行くってんだ。」



なまえの考えを見過ごして尚、相槌の様に問いかけてくれるのはなけなしの優しさで

且つ意地悪で、且つ確認作業でもあるように思う。

灰皿に煙草を擦りつけた峯は当たり前のようにベッドに横たわるなまえの上に乗った。



「ブレーメンに。」



冷水のお陰で少し醒めたとはいえ、まだ霞がかったような頭で答える。

峯の頭がゆっくりとなまえの首筋に沈んでいくと、なまえも当たり前のように彼の首に手を回した。



「そこで楽器を弾いて暮らすの、音楽隊に。」



譫言のようななまえの呟きに答えないまま峯はワンピースのファスナーを下した。

今夜男にファスナーを下されるのは二度目だな、と考えつつ

そういえばもう夜ではないことに気が付いた。



「何を弾けば良い、ねぇ、猫は何を弾いたっけ。」



湿った髪を指先で弄びながら、脱がされるがままに問いかける。

キスをしてきた峯の言わんとすることは恐らく、少し黙ってろといったところだろう。

なまえのものでも、峯のものでもない香水の匂いが残る下着の中に侵入を許しながら

脇腹を過ぎる冷たい指先の感触にぼおっと神経を委ねていた。



「行けなかったのよ、最後、確か。」



何度も着脱を繰り返したワンピースは簡単にベッドの淵に落ちていた。

着々と事の準備を進める峯を見上げながら、なまえはまだ話を止めない。

カーテンの隙間から差し込んでいる朝の日差しが、部屋に揺蕩う紫煙の名残を照らしている。



「行かなかったんだろう。」



了承もなくなまえを抱く峯が、本当にこれきりだと言いたげな口調で遮った。

頬に落ちた滴が汗なのか、それともぬぐい切れなかったシャワーの名残なのかは知らないが

二度目の男の感触は足止めするに十分だった。












そとはいそら









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