remède














ただでさえ暑くなって来ると食欲が低下して仕方がないのに

この所全く食欲が湧かない。

珈琲を傍らに、PCに向かって持ち帰った仕事をちまちまと消化しながら

時折頬杖をついては不快の原因を弄ってみたりする。

ほんの数メートル離れたソファで酒と乾き物をつまんでいた渡瀬の耳になまえの溜息が届くと

なんとなく彼は振り返ってナッツを摘みあげた。



「食うか?」



帰宅してから夕食もそこそこにPCの前で何度も溜息を吐くなまえを

彼なりに案じての提案だったのだと思う。

それでもなまえは不機嫌を隠そうともせずに被りを振って掌を渡瀬に向けた。



「いらないわ。」



ついさっき吸ったばかりなのに、手持無沙汰にもう一本吸おうかと煙草に手を伸ばす。

渡瀬が身動ぎをすると、ソファのスプリングが低い音で揺れた。



「なんや、機嫌悪いな。」



摘みあげたナッツをぽいと口へ放りこんで渡瀬が投げかける。

なまえの家にある酒類は、そのほとんどが彼の胃袋に流し込まれる。

貰い物のウィスキーやワインなんかは8割方なまえの口に入ることはないので

最近はめっきりビールばかりを呷っている。

そのビールですら口にしたい気分にならず、なまえはPCの前から立ち上げると

ソファに掛ける渡瀬の膝の間ににじり寄って向かい合った。



「食欲、ないのよ。」

「なんや、風邪か。」



なまえはまた首を横に振って、渡瀬の目の前で口をぱかっと開いた。

肩へ置いていた手を外して下唇を指先でめくってみせる。

そこに不快の原因は静かに巣食っていた。



「口内炎か。」



口を閉じてなまえが首を縦に振る。

歯に触れるか触れないかあたりに出来た口内炎は、少しの刺激でチクリと痛む。

とび上がる程ではないけれど、ストレスになる程には生活を脅かしてくる

全く迷惑な存在だ。



「ちょお、見してみ。」

「んあ。」



促されるままにもう一度口を開くと、今度は渡瀬の親指が下唇をこじ開けた。

女の指先とは違う、太くて硬い男の指先の感触がどこかエロティックに感じる。

下唇をつままれてべろりと捲られると、渡瀬の眉間に皺が寄った。



「結構デカいなぁ。」

「そうでしょ。」



触れればジクジクと痛む箇所を保護するように、解放された唇を閉じて応える。

渡瀬の膝の上で不愉快そうに口をもごもごと動かすなまえを見上げながら

片手でウィスキーを傾けてちびりと呑んだ。



「ソレ、なんで出来るか知っとるか。」



再度唇を弄ぶ渡瀬が問いかけるのを、なまえは目線だけで知らないと答えた。

柔らかいなまえの唇の、表面をなぞりながら口内炎のない箇所を指先でこじ開けて

ほんの少し侵入した指先を舌で舐めてみる。

頬の内側を悪戯になぞる親指を甘噛みしたりと弄ぶなまえを、渡瀬は笑った。



「要するに粘膜の炎症っちゅうんは総じて、抵抗力が落ちてるわけやろ。」



なまえは少し眉を上げて意外そうな顔を向ける。

馬鹿にしている訳では無いけれど、なんとなく彼がそういう知識を持っている印象がなかった。

渡瀬の使う専門用語なんて、あちらの世界のものばかりかと思っていたけれど

なるほどやっぱり年上の男というものは面白い。



「そしたら抵抗力を上げたったらええねん。ワクチンみたいなもんや。」



渡瀬の言わんとすることを分かりかねて瞬きをしたなまえの後頭部を掴んで寄せる。

唇が触れたと思えばすぐに、酒の味のする舌が割りこんできた。

なまえより体温の低い、蠢く舌を深くまで挿入されて身体を硬直させる。



「ん、ふぁ…」



気持ち良くなった頃になって、ゆるゆる動く舌が口内炎をなぞる。

痛くて仕方ないのに、後頭部といつの間にか腰に回された手でがっちりと捉えられて逃げ
られない。

ザラリと患部をなぞり、そしてもう一度奥へ侵入し、気持ち良くしたかと思えばまた患部を虐める。

唇の端から涎が流れ出る程に息が荒くなった頃になって、やっと渡瀬の腕の力は緩められた。

なまえが顔を背けて、指先で涎を拭いながらチリチリ痛む患部を労わる様を

渡瀬はグラスに手を伸ばしながら満足げに見つめた。



「痛い。」

「荒療治や。」



医学的な知識は残念ながら持ち合わせていないものだから、この治療法がどうなのかは知らないけれど

たぶん間違っているのだということだけはなんとなくわかる。

それでもなまえはまだ唇に残る、ウィスキーの残り香をぺろりと舐めると

口の端を歪めて渡瀬のグラスを取りあげた。








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