buried


「結婚するの。」



明け方と深夜の区別がどんどんつかなくなってくる。

テレビ番組が本日の放送を終了しているので、きっと一日が終わってしまったのだろう。

会ってから3本目の煙草に火をつけて、数回吸引した後になまえがそう言い捨てた。



「それはおめでとう。」



ベッドにまだ横たわったまま、上半身だけを軽く起こして秋山が応える。

恋人は背を向けてゆっくりと煙草をふかしている。

流しっぱなしにしていたラジオが、昔のポップミュージックを再生していて

何となく耳を傾けてしまう。



「…怒らないの。」



抑揚のない声でなまえが言う。

ちっとも悪気のなさそうな声で、淡々と。

なまえと同様裸のままの秋山がずりずりとシーツの中で蠢く音がしたかと思うと

長い指が背後からすっと伸びてなまえの手首をつかむ。

そのままなまえの手もろとも口元に引っ張ると、吸いかけの煙草を口に含んだ。



「怒ってもいいの?」



ふぅー、と長く細く吐かれる紫煙はとても薄くなっている。

出会った頃に吸っていた重い煙草は、健康の為と婚約者の為に随分軽くしていた。

半分以下になってしまった煙草を、なまえがもう一度口に運ぶ。

次を催促するような秋山の指の動きに、更に短くなった煙草を運んでやった。



「怒ったら俺のものになるの?」



フィルターが近くなって、美味しくなくなってしまった煙草を灰皿に擦り付ける。

ちりぢりになった刻みが赤く燃えて、すぐに消えて行く。

大きい屑、小さい屑が、吹き消す必要もないままに暗くなっていく。



「ならないと思う。」



吸殻から指を離したなまえが、ふっと左肩越しに振り返ってそう答えた。

はっきりと視点を合わされた目は涙を湛えることもなく

相変わらず薄茶色の、綺麗な色をしていた。

先に視線を外したのは、そっか、と答えた秋山の方だった。



「嫌われない内に、行くよ。」



いつもなら浴びるシャワーも浴びないまま、汗が引いて少し湿っぽい素肌に

脱ぎ捨ててあったシャツを羽織り手早く身支度をする。

まだ下着のひとつも身に着けず、シーツだけを巻き付けたなまえの前髪越しに

軽く額にキスをする。



「さようなら。」



カチリと金属音がした。

秋山の見慣れたスーツのポケットから取り出された裸のままの合鍵が

灰皿の中にそっと置かれた音だった。

玄関の扉が閉まり、革靴が廊下を歩くコツコツという音が遠くなる。



「さようなら。」



灰の中に半分埋もれた合鍵を、完全に埋めるべく

なまえは4本目の煙草に火をつけた。





もう二度と目に触れないうに






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