LeTemps des Cerises 









毎週末になると携帯がひっきりなしに鳴る。

半分が休前日にありがちな駆け込みの仕事の電話、そして残りの半分は

軒並み食事に誘う男たちからの着信だ。

大学を出るまでは勉強ばかりしていて、野暮ったかったなまえでも

東京で社会の荒波にもまれ、見た目も中身も都会らしく変化を遂げたなまえに

インフレで浮足立った男達が群がるのは時間の問題だった。

たまには家でゆっくりしたいなと思いながら着信をスクロールして名前を確認する。

その内の3割くらいは、顔も覚えていないくらいの男達だった。

気乗りしない面持ちで携帯を弄っていると、ふいに着信画面に切り替わる。

またかと思いながら確認すると、立華不動産の尾田からだった。



「はい。」

『やぁ、なまえさん。まだ仕事中?』



伊達男らしい口振りの尾田と知りあったのは数か月前だ。

女好きしそうな容姿と、やはり女慣れした態度はあまり得意ではなかったけれど

他の男とどこか違う、ちょっと怪しい雰囲気と口説き方の上手さに

惹かれるというよりむしろ、呆気に取られていた。



「そうですが。」

『そうだろうね、今頃金曜の夜の誘いが鳴り止まない頃だ。』



携帯を耳にあてたまま、なまえは驚いたように眉を上げた。

電話の向こうは静かで、恐らくどこか室内に居るのだろうと思われた。

金曜日の夜の繁華街はこんなに静かじゃない。



『君はきっと、どの男と食事に行くか考えあぐねていた。違うかい。』



やけに余裕たっぷりな口調で尾田が続ける。

大抵の男は今日の夜は暇かい、とか実は美味い天婦羅の店を知って居て、とか

下手に出ながら誘ってくるものだ。

なまえは尾田の問いかけに答えず、先を促すような相槌を打った。



『優しい君のことだ、たぶん一番最初に電話をくれた男に決めただろ。』



携帯を持った腕をデスクについて、なまえが足を組みかえる。

確かに一番最初に電話をくれた男に掛け直そうと考えていた。

でもそれはなまえが優しいからじゃない、考えるのが面倒だったからだ。

尾田はきっとそんななまえの気怠さも織り込み済みで、揶揄うように話し続ける。



『もうそいつには掛け直しちゃったのかな。』

「いいえ、まだよ。」



話しながらなまえが退社の支度を整える。

作業していたファイルを保存して、散らばったペンを雑にペン立てに差し込む。

脇に置いた来週の朝一の会議の資料の角がほんの少しばらけているのを

指先でちょいと揃える。

電話越しに尾田が大袈裟な安堵の溜息を漏らした。



『それは良かった、お断りの電話をさせる手間をかけずに済んだね。』



強気な発言に苦笑が漏れる。

デスクの下でオフィス用のパンプスから、ピンヒールのパンプスに履き替える。

黒くて地味なパンプスは履き心地は良いけれど、なんだか気合が入らない。

ルブタンのレッドソールはなまえのスイッチを切り替えた。



「随分自信がおありですね。」

『なまえさんの今夜の予定はもう決まってるんだ。手帳に書いてある。』



バッグにいつも入れて居る革張りのビジネス手帳を取り出す。

今月の、と念を押す尾田の声が可笑しそうに弾んでいる。

いつもウィークリースケジュールばかり使って居るものだから、月間のカレンダーはあまり開くことが無い。

なまえが訝し気に手帳を手繰ると、ちょうど今月のマンスリーに控えめなドッグイヤーが施されていた。

パラパラと目的のページを開いてみると今日の日付の欄に、走り書きのような文字で

20時銀座と記載されていた。



「いつの間に仕込んだんですか。」



なまえが苦笑いをしながら、半ば呆れたように呟く。

時刻は19時30分、電話の向こうからは尾田の笑い声の奥に

ウィンカーが点灯する小刻みな音がしていた。



『もうすぐ君の会社に着くよ、出ておいで。』



言うなり切れた電話を困ったように見つめて、なまえはバッグを手に席を立った。

エレベーターの中でさっと口紅を塗り直し、ジャケットの襟を正して背筋を伸ばす。

エントランスの硝子の向こうで車に凭れて片手を上げる尾田を見つけると

なまえは観念したように首を傾げて笑った。









短い







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