uninspiring

























付き合っていた男が、女を作って出て行った。

それはまぁ、構わない。

元々彼がキャバクラにハマり始めた頃から少しずつ終わりは見えていたし

夢を見させてくれる夜の姫と、お金を貢いでくれる王子様が一緒になるなんて

現代の御伽噺らしくて素敵じゃあないか。

淡々と彼の荷物を送り返して、何事もなかったかのように仕事に没頭していた2ヶ月間。

よりを戻したいと泣きつく電話を受けた時はさすがに

自分が情けなくなって泣きそうになった。



「こんばんは。」



繁華街の、テナントに風俗店が入って居るような雑居ビルの屋上の手すりにもたれて

缶コーヒー片手に煙草を蒸かして居ると背後から声を掛けられた。

聞き覚えのある声に振り返りもせず、なまえは明るい街を見下ろしたまま

薄手のコートのポケットに手を突っ込んで喫煙を続けた。



「珍しい、酒じゃないんだ。」



なまえの隣へもたれて手元を見ながら秋山が笑う。

屋上の隅に設置された、いつ補充されたのかわからないような自販機で買った珈琲は飲む気がしなくて

もっぱら灰皿に活用しているだけだ。



「こんな所へどうしたの、お散歩?」



紫煙を吐き出しながらなまえが問う。

秋山はへらへらと笑いながら、そんなところと吐き捨てた。



「あの男、駄目になっちゃったんだってね。女のコ店に戻って来てたよ。」



煙草に火を点けながら呟く秋山の報告を、そうと呟いて受け流した。

そりゃあ元彼に振られた時はなんとなく怒りの矛先がキャバクラへ向いて

若い女の子相手じゃ話にならないと、オーナーに文句を言ってやろうと事務所を調べたものだ。

騒がしい通りに面した、御多分に漏れず汚い雑居ビルの3階から漏れる明かりを見上げて

ふと、何を馬鹿なことをしているんだと我に返った。

誰に怒鳴ったところで事態が変わるわけでもないし、彼が帰って来た所で愛せる自信もない。

誰も悪くない恋愛の終わりは、ひとりで酒と共に飲み下すしかないのだ。

紛らわすように頭を掻いて振り返り、行きつけのバーへ足を向けたなまえの背中に

声をかけたのが秋山だった。

よっぽど憑き物が落ちたような顔をしていたのだろう、振り返ったなまえへの誘い文句は

おネェさん、良い顔してるねと言った。



「そう。」



特に感想を述べず、なまえは灰を落とした。

その先を掘り下げなかった秋山にしてみたら、人手不足が解消されて良かったという以外に

やっぱり特に感想もなかったのだろう。



「戻りたいって?」

「そうよ。」



あの日一緒に軽く呑んで、流れで何故あそこにいたのかを軽く話した。

如何にあの男が悪い意味で素直で、真面目で世間知らずだったかを秋山に話して居る内に

胸の痛みはどこかへ消えて行った。

そのままにしておけば良いものを、あの男は戻りたいだなんてムシの良いことをほざいている。

鼻で笑う秋山に返事をする、なまえもまた鼻で笑っていた。



「見上げた度胸だね。」

「そうでしょ。」



明るい街を見下ろしながら、なまえが短くなった煙草を灰皿に落とした。

秋山がなかなか吸い終わらないのをじれったく待ちながら、ポケットの中の煙草を指先で弄ぶ。

いつもは長い内に鎮火してしまう癖に、今日に限ってなかなか終わらない。

手すりに凭れながら一向に煙草を口に運ぶ気配のない秋山に、なまえの苛立ちは伝わっているはずだ。



「…今日は、のんびりなのね。」

「そうだね。」



喧噪の中へ投げていた目線をちらりと動かして秋山の横顔を見る。

なまえより背の高い、彼は猫背の所為でそんなに大柄には見えないけれど

こうして近くで見るとやっぱり一般的な成人男性、それも結構健康的に見えた。

良かった、喧嘩を売りに行かなくて。



「一人になりたくて来たのに。」



秋山の横顔を見つめたまま、小さく唇を動かして発した声は

パチンコ屋の扉が開いた音に紛れて消えてしまいそうだったけれど、ちゃんと聞きとられていた。



「嫌だね、泣くだろう。」



やっと、秋山が煙草に口を付けた。

静かに細く紫煙を吐きながら、ゆっくりとなまえを見据える。

憐れみとか同情よりも、全く仕方ないやつだとでも言いたげな表情で眉を顰めていた。

泣きたくなかったら、こんな所へわざわざやってきて物思いに耽ったりするものか。

なまえは何か言い返そうと口を開き、結局溜息だけを吐いた。



「止めてよ、責めたくなるわ。」



元彼の愚鈍さは、勿論責めた。

彼を奪った女の子も、ちょっとお門違いかもしれないけど結構責めた。

心の中で何度も二人を罵倒して、その100倍自分を責めた。

くだらない男に費やした時間と、見る目のなさをたくさん責めた。

それでも尚収まらない寂しさや怒りを、ぶつける先が両手を広げて待っているのに

なけなしのプライドが飛び込むのを押し留めている。



「そんな顔するなよ。」



取り留めのない考えを逡巡し、突っ立ったまま動けないでいるなまえの頬に

煙草を挟んだ秋山の指が触れる。

自分の銘柄とは違う匂いに違和感を感じながら

指先の温度が意外に暖かいことに少し甘えてしまいそうになる。



「口説きたくなる。」



イエスでもノーでも応えられない質問を投げかける、口を歪めた秋山の眼を見つめたまま

なまえは首を僅かに動かして、指の間の煙草を口に含む。

少し甘ったるい匂いのする滑らかな煙を吸いこむと、やっぱり違和感だけが残った。












不義の前も






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