au revoir












こういった類の人間が堅気の女に手を出すと、囲いたがるものだと思っていた。

たまに酒を呑んでも帰りしな、一言『ほな』と言い放ち

夜の街に消えて行く彼の背中をタクシーを停めながら見送る。

渡瀬に惚れて、もうすぐ1年が経つ。



「順調か、仕事は。」



だらだらと続く交遊関係を腐れ縁だと呼ぶ人もあるけれど

そこに恋愛感情が介入したらきっと運命と呼べる人もあるだろう。

バーカウンターの隣に座る渡瀬はいつも同じウィスキーを呑んでいて

真似をしたいと思いこそすれ、癪なので結局違う酒を頼む。



「順調よ、お陰様。」



ビールもワインも飽きが来ている。

焼酎や日本酒なんかもよく呑むけれど満たされず、最近やたら酒量が多いのは

渡瀬の呑んでいる銘柄を呑みたいと素直に認められない所為。



「ほぉか。」



ウィスキーグラスの中で丸い氷がごろりと揺れた。

鼈甲色のお酒は甘いのか辛いのか、ウィスキーもよく呑んだものだけれど

彼の喉を通り抜ける銘柄の味を知る時はきっと教えて貰いたいと思うものだから

未だに答えを見いだせないでいる。



「よう呑むな、今日は。」



たまに会って、おざなりに寝て、適当に別れて、また会って呑んだ。

きっかけは何だったのかよく覚えて居ない程、何ということもない出会いだったけれど

渡瀬が去った後の朝のベッドは冷たくてとても嫌な心持ちがする。



「うん。」



惚れたことをおくびに出さずに過ごすなら、この関係が比較的長く続くような気がした。

別に結婚したいとか、束縛したいなんて気持ちはさらさらないのに

こんな日が自分にも来るのだとは思わなかった。



「あのさ。」



ウィスキーの代わりになればとワインを頼んで、もうすぐ1本空いてしまう。

いつもなら2時間はかけて空ける赤ワインのボトルの栓を抜いたのは

たぶん30分程前だった。

グラスを舐めて切りだしたなまえの隣で、渡瀬が氷を弄ぶ。



「しかしえらい、暑なってきたな。今年は猛暑かも知れん。」



空気を切り返るように全く明後日の話題を切りだす渡瀬の声が高い。

雰囲気で相手の言わんとすることを察する、それは処世術であり才能なのだろう。

もっと愚鈍な男であれば楽なのにと思いながらも

そんな男だったらきっとこんな気持ちにならずに済んだのだと痛感する。



「あのね。」

「なんや、もう梅雨に入る頃かも知らんなぁ。」



ほとんど空になってグラスを呷りながら、遠くを見つめる渡瀬の横顔を睨む。

丸いスツールの上でなまえが渡瀬へ向き直り、頬杖を外すと

観念したように渡瀬がグラスをコースターへ戻した。



「好きよ、あなたが好き。」



店内に他の客はおらず、静かなBGMが沈黙をごまかす。

先程までカウンターの向こうでグラスを拭いていた店員はどこかへ消えていた。

ジャズの音が何小節か流れた後、渡瀬が深い溜息を吐く。



「…ほぉか。」



呆れと悲しみが入り混じったようなしゃがれ声は、ゆっくりと店内の酸素に紛れて消えていった。

予想通りの展開にふと胸の閊えが下りて、肩の力がふいに抜ける。

口に出したら終わりだということはなんとなくわかっていた。

それでも、せめて、知って置いて欲しかったと思うのは

女の強欲さ故なのだろう。


そうか、と再度渡瀬が呟く声の裏に、なまえの選択を察する温度が漂っていた。

彼は煙草を内ポケットにしまうと、そのまま万札を取り出してカウンターに置き

何も言わずに立ち去ろうとした。



「女にはね。」



グラスに少し残ったワインを飲み干して呼び止めるなまえは振り向かない。

頭の中に巣食う淀んだ決意を濁らす為にただただ流しこんでいたアルコールの味がやっとわかる。

この葡萄は好きじゃない。



「散るって知ってても、咲かなきゃなんない時があるのよ。」



自嘲するなまえが煙草に手を伸ばす。

ZIPPOの蓋を閉じる音がするまで足を止めて居てくれたのは

最後の優しさだったのだろう。








薔薇も牡丹もれればひとつ






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