家で仕事をする時は決まってギターか何かのインストを流すはずなのに

西谷がいる夜はそうもいかない。

引っ越しの際に購入した40インチのテレビのチャンネル権はなぜか彼にあり

今夜だってリビングにはなまえがキーボードを叩く音と

ちらちらと場面展開の忙しないバラエティ番組の、浮かれたアナウンサーと芸人の声がする。



『見てください、この絶景!』



若い女子アナの声が一層大きくなり、よくわからないセンスの悪いBGMが流れる。

横目で見て見ると、大海原に面した岩造りの露天風呂にタオルを巻いた若い女が入浴していて

缶ビールを片手にソファにふんぞり返る西谷が見つめているのは絶景の美しさか

女子アナの濡れた肩なのかは、あんまり考えなくてもわかった。



「どないした、終わったんか。」



キーボードの音が止まったのに気づいたのか、西谷が首だけで振り返る。

思わず合ってしまった目線を、眉をちょっと上げて誤魔化して

呆れたような、疲れたような溜息を吐いてみた。



「終わんないよ。」



仕事なんてものは、やればやるほど終わりが来ない。

終業後に料理教室に通い、週末にボルダリングをやったり山を登ったりする人たちは

どうやってそんな時間を捻出しているのか、心底不思議で仕方ない。

なんや、と呟く西谷の声は、呆れというよりも同情に近い色が浮かんでいた。



「えぇなぁ、温泉。」



ぐびりと缶ビールを一口呷って西谷が呟く。

テレビの女子アナはもう浴衣を着ていて、美味しそうな蟹の脚を指でつまみあげている。

最後に旅行に行ったのは、正確には思いだせないくらい何年も前だけれど

疲れの溜まった身体を大きな湯船に横たえて、上げ膳据え膳で飯を食べるのを想像すると

羨ましくて余計疲れが溜まりそうだった。



「何言ってんの、立派な墨入ってる癖に。」



蟹すきをぼんやり見つめる西谷の背中には、彼等が彼等である証がしっかりと刻まれている。

セックスをする度、少しだけ綺麗だと思ったりはするけれど

普通の社会人には無用の長物だと知っているから、入れたりはしない。



「阿呆、今時風呂付きの部屋があるんじゃ。」



貧乏人、と付け足して笑う西谷の顔は完全に馬鹿にしきっている。

別に金がないわけじゃない、時間と、一緒に行く友人も恋人もいないだけだ。

鬼怒川だとか草津だとか、有名な温泉の名前はいくつか知っているけれど

そのひとつも、ついぞ訪れたことはない。

この手の番組やらポスターを見る度に、温泉って良いなと身体が伝えてくるけれど

段取りや移動が面倒で、結局いつも都会に引き籠る。



「アンタがお風呂好きだとは思わなかったわ。」



戻って来る気配のない集中力を待つのも飽きて、なまえはPCの電源を落とした。

シャットダウンの表示をつけたままキッチンへ向かい、冷蔵庫から缶ビールを2本取る。

ふんぞり返る西谷の隣に落ち着きながら、目線はテレビに向けたまま

無言で1本を彼に手渡した。



「温泉は別やん。」

「ふぅん。」



ぷしゅ、とプルトップが開く音が一日の疲れを癒す。

旅行の計画を立てて、車を運転して、ぐったりした頃についた畳の匂いのする和室より

お手軽で安上がりで効果てきめんな気がしないでもない。



「夏んなったら行こか。」

「仕事、落ち着くの?」



んー、と否定とも肯定ともつかない返事をしながらビールを飲み干す。

空になった缶をサイドテーブルに置くと、現実的で空虚な音がした。



「まぁ、出たとこ勝負や。」



ケラケラと笑う西谷の目線の先のテレビは、もう温泉の特集を終えていて

今では新しく東京に出来た商業施設の紹介をしている。

先程とは違う女子アナのようだけれど、なまえには二人の違いがよくわからなかった。



「ふぅん。」



横眼で西谷を見つめながら、缶ビールを一口呑み込む。

そんな日が来ないということを改めて思い知らされるのは

夏が来る少し前のこと。














嘘になってまった





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