注:百合です
















TROMPERIE


















私の愛しい人は本当をひとつも知らない。

この長い髪が本当は明るい茶色なのに、黒髪だということを信じているように

今外に雨が降っているということも、知り得ない。

それがとても愛しい。



「雨、大丈夫だった?」



玄関をくぐる前に身体中を全て拭いて

着替えすらできるように配置しておいたのに、マコトはなまえを労わった。

完璧すぎる程防音の行き届いた室内には、簡単には開けられない窓しかついていないのに

どうして彼女は外の天候がわかるのだろう。



「何言ってるの、雨なんて降ってないわ。」



夕立の匂いすら感じさせないように、玄関先の着替えの隣にはコロンを置いてある。

リビングで待つ彼女に近づく前に振りかけておいたというのに。

明日にでも、新しいものを用意しよう。



「そう…。なら、良かった。」



大阪の誰もが血眼になって探しているこの女は、カスミソウのように儚げで可愛らしい。

背が高く、キツい顔立ちのなまえからしてみれば

女の模範像のように愛らしく、嫉妬と庇護欲を瞬間的に掻きたてられた。

手に入れたいと思った次の日には、彼女はなまえの口八丁を鵜呑みにして

なまえのマンションで暮らすようになった。



「ほら、マコトの好きな紅茶、買ってきたわよ。」

「ありがとう!この香り、好きよ。」



少し離れた街にある輸入食品の専門店のアールグレイが彼女のお気に入りだった。

温かい紅茶を淹れてやると、マコトはいつも手探りでシュガーポットを探り当てては

焦点の合わない視線を向かいのなまえに向けたまま、2杯入れるのだ。

ふふ、となまえが幸せそうな笑みを漏らした。



「どうしたの、なまえちゃん。」

「いえ、マコトはその水色のティーカップが良く似合うと思ったのよ。」



マコトの手の中にある小さな彼女用のティーカップは、本当は桃色だ。

心因性の失明であるらしい彼女の目は、たぶんいつか治るだろう。

この部屋で日々穏やかな暮らしをしている内に治る可能性もなくはない。

だからこそ、意地悪で外道だと思いはすれ

こうして彼女の目がまだ見えていないことを確認する作業は、毎日続くのだ。



「なまえちゃんのカップは、何色なの?」

「私の?私のは、ただの白よ。」



これは本当。

無地の陶器の中で揺れる薄茶色の紅茶は、マコトとは違ってストレートだった。

件の食料品店で買ってきたお茶菓子のマフィンを出してやると

彼女はとても嬉しそうに頬張った。



「これ、美味しいね。」

「そうね。気に入った?」



うん、と笑顔で首を縦に振るマコトの頬にそっと触れる。

ここへ来た当初、彼女はこういったスキンシップをとても厭がったけれど

今ではすんなりと受け入れてくれる。

昔亡くした妹にそっくりなのという嘘は、いつ白日の元に晒されるだろう。

マコトとなまえの顔は、似ても似つかない。



「くすぐったいよ。」

「良いじゃない、お買い物のご褒美だと思ってよ。」



柔らかい髪を梳き、細い肩を抱く。

清潔で甘い、まだあどけない女性の匂いに心底安らいだ。

これまで幾人もの男と関係を持ってきたし、惚れてくれた男も勿論あった。

それらを簡単に凌駕し、忘れさせてしまう程

マコトは暴力的とでも言わんばかりの力で、なまえの心に巣食っていた。



「ねぇ、マコト、見て。とても良い天気。」



彼女の肩を抱いたまま、なまえは窓際へマコトを誘導した。

マコトが怪我をしないよう、家具は全て柔らかい素材のものに一新した。

今まで当然のような顔でリビングに安置されていた総革張りのソファとガラスのテーブルは

彼女が来る1時間前に、業者がせっせと運んで行った。



「雲がちらほら…、あの雲は新聞の形に見えるわ。」

「ふふっ、ただの四角じゃない。」

「鳥が飛んでる。鳩じゃないわ、鴉でも…。珍しい鳥ね。」

「何かな、可愛いのかな?」



窓のよく見える位置に椅子を移動させ、マコトの手を引いて座らせた。

紅茶を持たせ、なまえは再度マコトの肩を抱いて窓の外を指さしながら

嬉々とした声色で外がどれだけ快晴で、気持ちの良い空が広がっているかを伝える。

風に吹かれる木が青いこと、遠くの洗濯物のシャツが揺れていること。

時折微笑みながら紅茶を口に運ぶマコトの目線の先には

雨垂れの打ち付ける窓ガラスが、静かに二人を見下ろしていた。









嘘を嘘でめたら









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