なまえが歩くのに並んで歩く方角は、煌びやかで安っぽいホテルが立ち並んで居て

すわ美人局だったかと身構えた頃にふと彼女の足が止まった。

あまり流行っていなさそうな、静かでこじんまりとしたバーへ身体を向けたなまえが

少し意地悪そうな顔で振り返った。



「ホテルだと思った?」

「アホか。」



呆れたようになまえを見下ろすと、自嘲気味に笑いながらなまえが入店した。

カウンターばかりの小さなバーは、思った通り他に客もいなかった。



「別に良いけどね。今フリーだし。」



座りながらビールを注文するなまえが、慣れた手つきでトレンチコートを脱いだ。

冴島もなまえの隣に座り、呑みなれたウィスキーを注文すると

不愛想なマスターは何も言わずに各々の前に酒と、灰皿を置いた。



「誰かと乾杯するのなんて、久しぶり。」



言いながらなまえがビールのグラスを差し出すのに、冴島も軽くグラスを合わせてやった。

ちびりと冴島がウィスキーを舐める間に、なまえはゴクゴクと喉を鳴らしてビールを呑むと

さも美味しそうに息継ぎをする。



「あぁ、生き返る。生きてるって感じ。」



勿論奢ってやろうとは思っていたけれど、あっという間に2杯目を注文するなまえを見ながら

これはバイクを弁償した方が安くついたかも知れないと冴島が苦笑いをした。



「こんな時間まで仕事か、ご苦労やな。」

「そうだよー、忙しいったらないの。」



2杯目の最初の一口は先ほどのような勢いもなく

なまえはちびりとビールを喉に流し込みながら煙草に火を点けた。

冴島も煙草を取りだしながら、ライターを探して居る内に

なまえはそっと自分のZIPPOを二人の間に置いてくれた。



「まぁ、でも、もう辞めようかなって思ってるんだけどさ。」



ふぅ、と細く紫煙を吐き出しながらなまえが俯いて呟いた。

それから彼女は、長く付き合った男が女を作って出て行ったことや

引き抜きの話が来ているがライバル社で波風が立つこと等を、掻い摘んで数分で話した。

冴島はゆっくりと煙草を吸いながら、彼女が話すのを見ていた。



「なんか、嫌んなっちゃってさ。田舎に帰って結婚しようかなって。」

「宛があるんか。」



ないけど、と笑うなまえは相変わらずあっけらかんとしていたけれど

バーの雰囲気のある白熱灯に照らされると、意外と妙齢の女に見えた。

明るい笑顔の仮面を被った、疲れ切った女の横顔が透けて見えた。



「好きでやってることやったら、辞めんでもええやろ。」

「好きかどうかもわかんなくなっちゃった、もう。」



なまえがぐびりとビールを呷る、その指の形にグラスの曇りが取れて

つるりと硝子を水滴が滑って落ちた。

簡単に説明された彼女の仕事内容は、冴島と関わりのない専門職だったけれど

要約された中にも思わず専門用語が出てきてしまうような、そんな話し方だった。



「楽しそうに話すけどな、仕事の話。」



酒とつまみを交互に口に運びながら、愚痴を聞いてよと話すなまえの口からは

全くマイナスなことは伝わってこなかった。

面倒な案件を回された時のこと等を話す口元は、遣り甲斐に満ちた嬉しそうな口振りだった。



「…そうかな、そうでもないよ。」

「好きちゃうかったら、こんな時間まで働けへんやろ。」



カウンターに腰掛ける、なまえの隣に置かれたバッグの中をチラリと見れば

いくつかのファイル、タブレット型の端末と何かの資格の参考書が覗いていた。

参考書の側面にはいくつか附箋が貼られて居て、そしてなまえの右手の小指の付け根は

ペンを擦ったインクの跡が微かに見られた。



「夢あるんやったら、諦めん方がええで。」



冴島が何杯目かのウィスキーを飲み終える、そろそろ始発は走っている頃合いだった。

彼の目線につられてなまえが腕時計を確認すると、二人の間になんとなく潮時の雰囲気が漂った。

ぞろぞろと店を出る会計の際に、当たり前に冴島が支払おうとしたのに対し

なまえが制しながら自分の財布を取りだした。



「なんでやねん、詫び賃やろ。」

「あ、そうだった。」



会った時同様、あっけらかんと笑うなまえと店の扉をくぐると

街は朝日が昇る前の、静かで冷たい夜明けの色をしていた。



「ご馳走様、お兄さんも絡まれないように気を付けて帰ってね。」



駅まで送っていくと、なまえは少し赤い頬で振り返って笑った。

往来には同じようにアルコールの気配の残る人々が生気なく歩いて居た。



「次はもっと重いバイクにするわ、お兄さんが持ち上げられないくらい。」

「それやったらなまえも起こされへんやろ。」



ケタケタ笑うなまえが手を振りながら改札へ消えて行く後姿を見送る。

普段は遠く聞こえない、電車が線路を渡る音が小さく聞こえて停車した。












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