知らないとはわせません。




「昨日の記憶は、ありますか?」



いつもきれいにまとめられた髪が乱れて、顔にかかっている。

こうして見ると案外幼い顔をしているのだなぁと思考を回そうとするけど

ズキンズキンと重い痛みが側頭葉に走る。



「そこはかとなく…」



ウォーターサーバーから注がれたばかりで冷たい水の入ったグラスを手渡されながら

なまえは昨夜の出来事を一生懸命思い出そうとしていた。

仕事が終わって、兼ねてから約束していたデートへ向かおうと待ち合わせ場所へ向かい

時間も時間だしってことでレストランは割愛していきなりバーへ行って…

きっと空腹でお酒を飲んだのがいけなかったのだろう。

正直3杯目以降の記憶がない。

なぜ峯がなまえの部屋に居るのかも、なぜ髪が乱れているのかもわからない。



「ないでしょう。」

「…えぇ、まぁ。」



何となく目を合わせづらくて、顔をそらしたまま水を飲む。

カラカラに乾いた喉に冷たい水が気持ちいい。



「何もしてませんよ、さすがに。」



昨夜のスーツ姿のまま、ジャケットとネクタイを外して

シャツの胸元を緩めた峯がため息をつく。

何度か顔を合わせたことはあるものの、初めて二人きりでデートというものをして

記憶がないなんてどんな失態を犯したんだろうとなまえは俄かに不安になる。

酔って正体をなくすなんて、大学生以来だ。



「なんか、すいません。」



今更どうということもないのに、なんとなく髪を撫でつけながら襟元を正す。

いやらしくない程度に緩められた衣服は恐らく、峯が『処置』してくれたのだろう。



「別に気にしてません。それより…」



話しながらなまえの飲み終えたグラスを取り上げると、キッチンのシンクへ片付ける。

戻ってくると、ベッドに座っているなまえの隣へ含み笑いをした峯が腰を掛けた。



「記憶、どこまであるんですか?」



ぐっと近い距離に、思わずなまえに緊張が走る。

以前から憧れていたとはいえ、お互い好意があってデートに至ったとはいえ

こうも近い位置に顔があるなんて、思わず胸が高鳴る。



「…なまえさん、なんて言ったか覚えてますか?」



思い出せずまごまごしているなまえに、低い声で畳みかける様に問いかける。

口の端だけで笑っている峯の顔はとても近く、香水の匂いまではっきりと分かる。



「えっと、その…覚えてなくて…」

「俺の女にしてくれって、言ったんですよ。」



なまえの返答を遮るように出された回答に時が止まる。

正直、本当に記憶が全くない。



「…えぇ!?」



大声を出すと、やっぱり側頭葉がズキンと痛んだ。

滅多に笑顔を見せない峯のニヤニヤした笑顔は、冗談なのか喜んでいるのか判別できない。



「嘘…ですよね?」

「嘘だったら送り届けたりしないですよ。」



一理あるんだかないんだか微妙な理論で返される。

好きな人との初デートで記憶をなくす失態のお陰で青くなっていたなまえの顔が

今度は一気に赤くなる。



「真に受けて良いんですよね?」



有無を言わさぬ口調で顔を近づける動きがひどくスローモーションに見える。

確認作業のように触れられた唇を拒まないことが返答であるかのように

なまえはとうとう目を瞑った。





そんなルは許しません。



お題配布元:Bugiardo*様 http://nanos.jp/0212bugiardo/







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