休前日にも拘わらず取り立ててデートをする相手もない。

平日よりガッツリメイクをした後輩がさっさと引き上げるのを目の端で追って

結局通常通りサービス残業をこなした午後10時。

家に帰ってから夕食を作るのも面倒で、行きつけの居酒屋で晩酌でもしようかと歩いていると

携帯に佐川からの着信があった。



「…でよぉ、また来てくださいねとか言う訳。上目遣いで。たまんねぇよな。」



佐川は先ほどから延々と、先日行った店の女の話を繰り返している。

適当な相槌を打ちながら、なまえの右手の箸は淡々と烏賊と里芋の煮物と口の間を往復して

たまに左手がビールを運ぶ。



「しかもFカップ押し付けながら!俺硬くなっちゃいそうだったよ。」

「へぇ。」



烏賊は噛めば噛む程出汁の味が滲み出て、美味しかった。

なまえの素っ気ない相槌に、佐川は不服そうな顔で日本酒をちびりと呑んだ。



「もうちょっとなんか、感想ねぇのかよ。」



少しだけ赤らんだ耳を晒しながら、佐川がなまえに返答を求めた。

やっとなまえの箸が止まった頃には、小鉢の中はほとんど空だった。



「キャバ嬢の営業にまんまと乗せられて、可哀想なオッサン。」

「うるせぇ。」



笑いながら言い放った佐川はお猪口を指で挟んだままカウンターに肘をついた。

若い女の営業トークを真に受ける程、馬鹿な男ではないはずだ。

だとしたら佐川がこんな話をする理由を、真に受ける方も馬鹿げている。



「妬いたりしねぇのかよ。」

「なんで私が妬かなきゃいけないのよ。」



お決まりのような返答を即座に返して、ビールをぐびりと飲み干した。

ジョッキを置く前に店員に声をかけ、ジェスチャーで同じ物を頼む。

大人になると、嘘をつくのが上手くなる。



「お前の方はどうなんだよ、色恋はご無沙汰か。」

「そうよ。悪い?」



嘘をまたひとつ。

佐川は賢い男だけれど、あれこれ詮索してくる程他人に興味を持つ男でもない。

ふぅんと鼻を鳴らすと、なまえの嘘に気づかぬふりをした。



「可愛げのねぇ女だな、相変わらず。」



唐突に電話をかけてきて、飲みに行かないかと誘ってきたのはそっちの癖に

随分な言い様で煙草に火を点けた。

横顔だけでは不貞腐れているのか、愉しんでいるのかわからない。



「あんた以外にはよく、可愛いって言われるんだけどね。」

「嘘だろう。」

「嘘じゃないわ。」



笑いながら問う佐川が何か言いかけて口を開いた瞬間、店員が無造作にビールジョッキを置いていった。

彼に二の句を継げさせたくなくて、なまえは飲み干したジョッキをわざわざ店員に手渡した。



「大人しくて殊勝で、女子力の高い美女だって巷じゃ有名よ?」



嘘をまたひとつ。

今度こそ嘘とわかる嘘に、佐川は馬鹿と呟いて笑った。



「しかしまぁ、そろそろ落ち着かねぇとなァ…」



煙草を燻らせながら、片手でお猪口をちびりと口に運ぶ。

器用に人差し指と親指で徳利の口をつまんでお猪口に注ぐ様を

なまえはジョッキを傾けながら横目で見ていた。



「何、結婚すんの。」

「そうだなぁ、俺が結婚したらお前、寂しいだろ。」



今度はなまえが馬鹿と笑う番だった。

いつもそうだ、こうしてお互い馬鹿にしあって酒を呑む。

佐川とベッドに入ったことは、不思議と今まで一度もない。



「あのキャバ嬢が落ちなきゃ、なまえと結婚すっかな。」

「ん゛ッ!!!」



危うくビールが鼻に逆流しそうになって前のめりになる。

激しく咳き込むなまえの背中を乱暴に叩きながら、佐川は面白そうに笑った。



「馬鹿、冗談だよ。」

「当たり前でしょ。」



嘘を吐くのが上手く無ければ佐川の隣に居られないと知って居るから

日に日に嘘を吐くのが上手くなる。

涙目になって佐川を睨みつけると、鼻が赤いと揶揄われた。

誤魔化すようにビールを呑んで、佐川の視線を振り切るなまえは確かに嘘は上手いけれど

芝居の才能はないように思えた。













嫌いなりはできなくて









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