DOOR









恋人より仕事を取ったことを、後悔していない訳がない。

第三者目線で考えて出世を取った自分は何ら間違ってはいないといくら言い聞かせても

その度になんて自分は利己的で、自己中心的な人間なのだろうと苛まれる。

客観的等と宣いながら、結局主観でしか物を見られていないのではないかと悩む様を

品田は静かに、何も言わず見守り続けた。



「もう、ないかな。」



部屋の中を見渡す品田が伸びをする。

運び出した彼の荷物は、思っていたよりずっと少なく

ものの1時間で、段ボールひとつにも満たない程度で終わってしまった。



「残ってたら、適当に処分しちゃって。」



明日の午前中には業者がやってきて、なまえの家具やら家電やらを持ち去っていく。

転勤先は飛行機を使うほどの距離ではないけれど

新幹線でなければ行かれない程度には遠い。



「泣くなよぉ。」



紙袋ひとつ、静かにフローリングに置いた品田が笑いながらなまえの頭を撫でた。

ソファに座りながらなまえは息を殺して涙を流していた。



「おめでと。」



栄転と呼ぶに相応しい転勤だった。

なりふり構わず仕事に打ち込んできた結果とはいえ、自分の努力が評価されたことは素直に嬉しい。

その道すがら、ふらりとなまえの人生に立ち寄った品田とは

打診があった頃から徐々に終わりの気配が立ち込めていた。



「たっちゃん。」

「何。」



何とか絞り出した声は続かず、優しく続きを促す彼に涙をためた目線を向けることしかできない。

何を伝えろというのだろう、自分から彼を捨てる癖に。



「大丈夫だよ、なまえちゃんなら。」



ソファの前に屈み込んで、品田は再度なまえの頭をぽんぽんと撫でた。

最後のキスも、セックスも、思い出せない。

終わりなんてそんなものだ。



「なまえちゃんの選択は間違ってないよ。」



真顔でなまえの顔を覗き込みながら品田は続けた。

ジーンズに留めた金具を外し、その内のひとつの鍵を外して

彼はなまえの膝に握った手の甲にそっとこの部屋の鍵を置いた。



「たっちゃん。」



何か言わなくては、何か、良いことを。

それなりに幸せだった恋愛を締め括るに相応しいことを言わなくてはいけないのに

唇は彼の名前の形にしか動かない。

頬から顎へ、スカートへ滴る涙が止まらないなまえの次の言葉を品田は待っていたけれど

結局なまえはもう一度彼の名前を呼んで、それきりだった。



「どうか、元気で。」



いつまで経っても鍵を受け取ろうとしないなまえの手を

品田は鍵の上からぎゅっと握りしめてすぐに離した。

俯いた視界から彼の顔が消え、膝が消え、足音が遠ざかる。

リビングから廊下へ、玄関へ足音が移って、最後に扉の閉まる音が静かに聞こえた。


















振り返らないで 悔やまないで がらないで











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