vengeance










西谷は死んだらしい。

らしい、というのは別に遺体を目にしたわけでもなければ

葬式が行われたわけでもないから。

常々、いつか命を落とす日も遠くないと思わせるような行動を取る男だったけれど

いざいなくなってみるとなるほど確かに、どこかで野垂れ死んでいるのが似合いの男だった。

手を合わせてやりたいけれど、一体どこへ向かって彼の安息を祈れば良いのかわからず

なまえは西谷が好んだ街の、路地裏の廃れた飲食店のビールケースに腰かけて

線香の代わりに西谷の好んだ煙草を一本点けた。



「よォ、ネェちゃん。ナンパ待ちやろ?」



柄の悪い男が声をかけてくる。

なまえはちらりと彼らを見ただけで、何事もなかったかのように喫煙を続けた。

カラカラと古い換気扇が回る音と、彼女の紫煙を吐く息遣いだけが数秒続いた。



「シカトはないんちゃう、失礼やで。」



人ひとり通れるのがやっとの路地の入口を、男達が2人掛かりで塞いだ。

内ひとりはじりじりとにじり寄って、少し苛立ちの色を湛えたまま

なまえの顔やジーンズに包まれた脚を品定めするように眺めた。



「いくら?」

「は?金取るんかい。」



大方このまま脅してホテルにでも連れ込む算段なのだろう、男たちはなまえの発言に一瞬目を丸くした。

1枚までやったら出したるで、と下品に笑う男にため息をついて

なまえはジーンズのポケットから100円玉を3枚、男の足元に投げてよこした。



「それあげるから、どっか行って。」

「イキっとんちゃうで、この…ッ!」



路地を塞いでいた男が何か言いかけて、一瞬の内に視界から消えた。

暗いばかりの路地の、切り取られたような景色で繰り広げられた光景は

さながら遠くで映画でも見ているような、全く現実感のない光景だった。



「邪魔やァ言われとるやろ。往生際が悪いのぅ。」



残りのもう一人もさらりと殴り倒して、鼻血を出したまま2人は逃げて行った。

路地の隙間から、彼らを殴り飛ばした男がぬっと顔を出した。



「大丈夫か、ネェちゃん。」



眼帯と長い髪、如何にも黒服のスーツ姿。

容姿こそ威圧的だったけれど、その物言いと人懐こそうな目つきに

悪い人ではないのだろうと知った。



「大丈夫。」



相変わらずビールケースに座ったまま、なまえは煙草を湿ったアスファルトに投げて鎮火した。

眼帯の男はふぅん、と呟いて路地裏に侵入してくると

なまえの腰かけるビールケースの隣の、いつから停めてあるのかわからない原付に身体を預けた。



「何してんねん、こんなとこで。」



彼は言いながら内ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

どぶ臭い路地に彼の煙草の匂いが少しだけ追加された。



「何も。何してんだろうね。」



男が煙草を吸う様を見つめながら、なまえがぼうっと呟く。

暗い路地の中で煙草の明かりを頼りにおぼろげに浮かぶ男の輪郭を凝視すれば

意外とまだ若い、あどけなさの残る顔だった。



「何や知らんけど、あんま危ないトコ居ったらアカンで。」



たぶん、自分より年下であろう男に説教染みたことをされて苦笑する。

俯きがちに笑ったついでに、ジーンズのポケットから煙草を取り出してもう一本火を点けた。

弔いのつもりで持ってきた、西谷がなまえの家に残していった彼の煙草の残りは

此処で吸いきってしまうと決めていた。



「こないな別嬪、待っとる男も居るやろ。早よ帰り。」



なまえがまだ腰を上げないのを見かねて、男が促した。

灰を落としながらなまえは首を振る。



「何もないの、もう。ほっといて。」



300円もあげちゃったしね、と笑いながら呟く。

乱闘の最中、あの100円玉3枚はどこかへ消えてしまった。

側溝に転がっていってしまったのか、それともあのチンピラが拾って行ったのか。

だとしたら相当な小物だと、笑えてきた。



「何もないのは俺かて一緒や。ホレ、立ち。」



男はどうしてもなまえをここから立ち退かせたいらしい。

送ってやるからと申し出る男が手を伸ばしたのを、なんとなく掴んだ。



「あなたには目玉がひとつ残ってるじゃない。」



手を引かれて立ち上がると、細い路地に2人随分近い位置にいた。

暗闇でもわかるほど、男の肌は白く永いこと陽に当たっていないらしかった。



「どっちも残っとる奴に言われたないわ。」

「私は良いの、もう見たいものもないし。」



なんならあげようかと言うと、彼はじっとなまえの目玉を見つめた後

いらん、と顔を背けた。

自分の目の色と違うから、いらない。と続けた。

お互い初対面のはずなのに、眼球に写る自分の姿に釘付けになった。



「御礼がしたいわ。名前は?」



なまえが男の目を見つめたまま、瞬きもせずに問うと

男もまた目を見つめたまま唇を小さく開いた。



「知らん方がええんちゃう。」



その煙草の匂いを知っている。

その眼帯の柄を知っている。

その目が何を見たかったのか知っている。

その名前を何度西谷が口にしたのかを知っている。



「でしょうね。」



なまえはフィルターギリギリになった煙草を指から放して、路地裏を出た。

湿ったアスファルトの上でゆっくりと濡れていく煙草の煙は、細く儚く上っている。









耳も鼻唇も









prev next









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -