psychose










佐川が、花を持ってきた。

なまえの自宅の最寄り駅の、構内に入っている花屋のロゴの入ったリボンがついていて

オレンジや白の、鮮やかで文字通り華やかな、そんな花束だった。

にやつきながら玄関先で不躾に差し出された花束を受け取って、佐川を部屋へ通す。

似合わないことをするものだ、と思いながらいつか誰かの結婚式の引き出物で貰った

比較的背の高いグラスに水を注いで、包装を剥いだ花束を移し替えていると

シャツの首元を捕まれて殴られた。

硬いフローリングの鈍い音が後頭部にしたと思ったら、次の瞬間には腹部に跨られて

馬乗りのまま頬を2、3度殴られた。

その度に、ゴッ、ゴッ、というやけに気味の悪い音が頭蓋骨の中で響いて

次からはもう、左耳に音がしなくなっていた。

なんだか髪が濡れている感じがして手を伸ばすと、鼻血が毛先にべっとりついていて

あぁ、ティッシュはどこへやったっけと思う頃には無理やり犯された。

一度射精したくらいでは収まらなかったのか、佐川は乱暴になまえの髪をつかんで引きずり起こし

よろめきながらなまえが寝室へたどり着くと、適当にベッドの上に放り投げて

まだ情欲の片鱗が溢れ出るなまえをひっくり返すと、再び荒々しく犯した。

何度も容赦ない暴力と恫喝を加えながらの行為が終わる頃には

なまえの意識はどこかへ行ってしまっていたようだ。



深夜の街の明かりがカーテンを開け放していた窓から差し込んで気が付くと

顔の周りがやけにべたべたと、そして所々がピリピリと固まって剥がれていた。

血を拭かなければと思ったけれど、重たく痛む下半身が野暮ったくて

うつ伏せのままだった身体を横に向けるのが精いっぱいだった。

このまま眠ってしまおうか、いや、明日は仕事だと考える脳味噌がニコチンを欲していて

なんとか腿に力を入れると、なまえはベッドサイドに腰かけた。

窓の外の明かりを頼りに手探りで煙草を見つけ、唇に咥えると

いつも必ずそばにある、長い付き合いのZIPPOで火を点ける。

一口吸ってフィルターを口から離そうとすると、涎と血の混じった何かが糸を引いていた。



「泣くとか、すりゃ良いのによ。」



背後から佐川の声がして少しだけ振り返る。

暗がりの中で身体を横たえ、上半身を少しだけ起こした佐川がこちらを見ていた。



「喚くとか、嫌がるとか。」



佐川と出会ってから髪はずいぶん短くなった。

今夜のように佐川の訪問があったいつかの夜、鋏か何かでざっくりと切られた。

次の日、2つ隣の町まで行ったことのない美容院を予約して整えてくれと頼んだ。

少なからず動揺した様子の若い美容師が、何かあったのかと問うのを

自分で切って失敗したの、と答えてからなまえは一切口を開かなかった。

二口目の煙草の味は、随分鉄臭くて

肺をざらざらと満たしていく感覚は麻薬のようだった。



「似合わないの。」



泣き喚くのも、止めてくれと懇願することも、なまえにはとても似合わない行動のように思われた。

警察に通報することも、佐川から離れていくことも、どれかひとつでも行動に移せば

きっと自分を保てない。



「そういうの。」



すっかり茶色になったフィルターをもう一度口に咥えて、深く深く吸い込んだ、

手を伸ばしてきた佐川の指先が、切れた唇の端から垂れる新鮮な血を拭う。

彼の来訪を拒むことも、殴打を拒否することも、悲しいけれどなまえには似合わない。

それはこの男が花を持ってくることくらい、似合わないのだ。










私がなくちゃ





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