sparta










ネット配信のレンタル映画サービスに入っておいて良かった。

1年前に加入したばかりの頃の履歴は、彼の好きなSFものが連なっていて

正直なまえには興味もなかったけど、面白いふりをして合わせていた。

実際、グラビディなんかは意外とめちゃくちゃ面白かった。



「あー、ヒュージャックマンかっこいいわぁ…。」



ラインナップはブリジットジョーンズの日記、Mr.&Mrs.Smith、そしてニューヨークの恋人だ。

これが終わったら何を観よう。

ヒュー繋がりでノッティングヒルの恋人でも観ようかな。

恋人繋がりだし。



ソファの上にブランケットとボックスのティッシュ、そして大箱のアイスクリームを並べて

暗い部屋で一人、なまえは映画に見入っていた。

なんてことはない、つい数時間前彼氏と別れただけだ。

あ、元彼か。

そんなことを考えながらスプーンを口に運んだら、また鼻水が出てきた。

手探りでティッシュを探し当て、乱暴に2枚取り出すと思いっきり鼻をかんだ。



「うわ、ぶっさ。」



ステレオでなく、直に耳に届いた男の声に一瞬息が詰まる。

左を振り返ると真島の引いている顔が、テレビの明かりに不気味に照らし出されていた。



「うわああああ!!!なになになになに、真島さんじゃん!」



ひっくり返りそうになりながらも、手に持ったチョコのついたスプーンは死守する。

こんな時でも頭の片隅に掃除の煩雑さが記憶されているものだと少し関心した。



「何してるんですか、っていうかどうやって入ってきたんですか。」



バクバクとうるさい心臓を抑えながら、なまえが体制を立て直す。

真島はその挙動に笑いながら、右手を差し出してくれた。



「まぁ、固いこと言いな。それより自分ぶっさいくやなぁ。」

「めちゃくちゃ失礼ですし普通に犯罪ですよ。」



仕事で極道と組むのは初めてではなかったけれど、真島を初めて見た第一印象は

あぁ、それっぽい。と思ったものだ。

それでも商談後に何度か連れだって飲みに行き、ぱぁっと騒いでさっさと解散する。

一度も男女の関係になったことはないし、お互いそんな気持ちは毛の先ほども感じない。

そんなサッパリとした関係だった。



「何してんねん、花金やで。」

「ほっといてくださいよ。」



いつの間にか真島はなまえの手からスプーンを奪って、アイスクリームを頬張っていた。

映画の中ではヒュージャックマンとメグライアンが何やらいい感じだけれど

全然頭に入ってこない。



「あれやろ、男に振られたんやろ。」



楽しそうに笑う真島を本気で追い出すにはどうすれば良いかと一瞬考え、

通報してやろうかと携帯に手を伸ばしたけれど

結局危ない橋を渡っている稼業の者同士、あんまり得策ではない気がして

なまえはアイスクリームを奪い返した。



「22歳の女に乗り換えるんですってよ。」



付き合って5年、交際当初こそなまえだって20代前半だったけれど

今では立派なアラサーだ。

30歳の大台を超えた元彼は22歳の女にまともに相手にされるのだろうか。

もう、どうでもいいけどさ。

最後のひとくちまでアイスクリームを掻っ込むと、なまえはテレビを消した。

シャワーでも浴びてぐっすり昼まで眠ってしまおう。



「何か用だったんですか。仕事なら、ちょっと明日にしてください。」



スウェットパンツを引きずりながら、散らかしたティッシュをゴミ箱にしまう。

元彼には絶対にこんなところを見せられなかった。

真島にすっぴんを晒したのだって確かに初めてだったけれど

別にそんなに気にならなかった。



「用なかったら来たらあかんのかい。」

「アカンに決まってるでしょう、不法侵入だし。」



ただのクライアントで呑み仲間の癖に、このおっさんは何を言っているのだ。

とりあえずどうやって家に侵入したかは後日問い質すとして

なまえは一刻も早く眠りにつきたい気分になっていた。

給湯器のボタンを押して、あぁ、やっぱりシャワーだけで良いやなんて思いながらリビングと廊下をうろついていると

真島がパシンと膝を叩いて、嬉しそうに笑った。



「よっしゃ、ほんなら一発ビシッと憂さ晴らししよか!」



ウキウキと真島がなまえの肘をつかんで連れ出そうと玄関まで引っ張った。

はずみでスウェットのパンツがずり落ちそうになった。



「ちょ、え、何、外行くんですか?」

「こないな時は引籠りがいっちゃんまずい。パアーッと遊んで忘れや。」



おっちゃんに任せろ、と胸を叩く真島をぽかんと見つめながら

こいつ最初からそのつもりだっただろうと真島の腹が読めた。

キッチンにかかっていた、一日の湿気を全部吸ったタオルで乱暴に顔を拭かれながら

せめて着替えさせてと真島の腕を掴んだ。



「真島のおっちゃん特別ストレス解消コース、朝までバージョンやからな。」



寝室の扉を開けたまま、真島の死角でジーンズとシャツに着替えた。

ちょっと鏡をのぞき込んでさすがに化粧しないとマズいかな、と思ったけれど

ぐりぐりと目を冷やして、眉毛をちょっと書けばなんとかなった。



「どこ連れてく気ですか。」

「せやなぁ、バッセンやろ、ほんでカラオケやろ。締めは高級ソープで一発スッキリや。」



最後の選択肢が果たしてこの状況に最適な提案なのか些か疑問だったけれど

こんな踏んだり蹴ったりの夜だし、人生経験を積むのも面白いかも知れない。

ジーンズのポケットに煙草だけを突っ込んで、財布は持って行かないことにした。

髪を解きながらリビングで待ち切れないようにしている真島の元へ向かう。

コーディネート無視の、ラフ過ぎる格好は彼にとってどうでも良いようだった。



「おぉ、早よ行くで。」



解いた髪をばさばさと指で梳いて頷くと、真島が玄関に向かう。

そしてくるりと踵を返して、キッチンのあたりをきょろきょろと見まわした。



「何ですか。」

「ガソリンは入れとかなあかんやろ。」



訝し気になまえが見つめていると、おぉあったと真島が何かを見つけて手を伸ばす。

その手は元彼が飲み残した、安物のウィスキーの瓶を掴んでいた。



「ほれ、ガッといかんかい。」

「ストレートですか。」



なんでもええやろ、と急かす真島は本気で言っているようだった。

以前ちびりと舐めた時は「ちょっと強いかも…」なんて可愛い子ぶってみたけれど

日本酒は熱燗、肴は烏賊、飲み会のビールの次はウーロンハイが定番のなまえにとっては

ただアルコール度数が高いだけの、甘いとろとろした液体に他ならなかった。

きゅ、と蓋を開けて突き出された瓶を少しだけ見つめていると

コーラ割2杯ですっかり顔を真っ赤にした元彼を思い出した。



「えぇ飲みっぷりやなぁ。」



喉越しは、お世辞にも良いとは言えない。

粘膜にべたべたと張り付く”芳醇な香り”とやらはただ邪魔なだけだった。

それでも食道あたりが火照って熱くなってくると

なんだかテンションが上がってきた。



「バッセン止めていきなりカラオケ行きましょ。南くんも呼びましょ。」



ガツンとカウンターにウィスキーの瓶を置いて、さっさとなまえは玄関に向かう。

乱暴にパンプスを履くなまえの背中に、ちょっと嫌がる真島の声が聞こえたけれど

なまえは無視して南の電話番号を検索した。

カラオケに行ったら、中島みゆきとか歌ってやる。

元彼が中二病だと笑ったバンプも全力で歌ってやる。

最終的には石川さゆりとか、もうむしろ鳥羽一郎とかいってやる。

携帯を片手にタクシーを呼び止め、真島を見て少しぎょっとした運転手の顔を見ると

今夜はずいぶん楽しい夜になるような気がしてきた。







派手な恋の終わり様







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