ガールレンド



夕暮れだなぁと思うと、あっという間にすっかり空は暗くなる。

ネオンが点くのがどんどん早くなり、蝉が居なくなり、風が冷たくなる。

相変わらず人通りの多い劇場前を抜けてくわえ煙草をしながらほっつき歩く。

今日も携帯に着信はない。



なまえと出会ったのは夏の始めの、ぬるい夜だった。

たまには外で飲もうかと、適当に入ったバーでたまたま近くに座っていたなまえ。

整った顔と清潔そうなブラウス、長い髪から少しだけ香る香水の匂いが気に入った。

ただそれだけのこと。

ナンパをするには少し行き過ぎた年齢も、夏の匂いで忘れてしまっていたのか

ぬるくなったなまえのビールを新しいものに変えてくれとバーテンに伝えると

少し驚いた顔をしたなまえの隣のスツールへ移り、声をかけた。

ともすれば親娘程も歳が離れてはいたが、ありがとうと笑うなまえが余計気に入った。

有り体に言えば、恋をした。



それからの夏はあっという間に過ぎた。

対して興味もなかったけれど、なまえが気になると言っていた映画に誘ってみたり

ワインの品揃えが売りの瀟洒なレストランで食事をしてみたり

別れ際にキスをしたり、何となく身体の関係を持ったり。

会社勤めで忙しいなまえの金曜日を狙ってはデートに誘い、

なまえも定時で退社した日は秋山の携帯へ電話を寄越したりした。

好きだとか愛しているとか、そんな言葉を伝えたことも伝えられたこともなかったけれど

お互いがお互いの存在を気に入っていたように思う。



「なまえちゃん、俺だけど。」

「うん、どうしたの?」

「金曜日空いてる?またご飯でもと思って。」

「あー…、うん、今週はちょっと厳しいかなぁ。」

「そっかぁ、残念。また誘うよ。」



確かそれが最後の通話だったと思う。

直接会って交わした会話は、最後に何を話したのかもう覚えていない。

必ず着信履歴のトップにあったなまえの電話番号はいつしかどんどん流れて

気づけば汗をかかない気候になっていた。



何が嫌いになったとか、喧嘩をしたとか、そういうわけではないけれど

たぶんお互い薄々わかってはいたことで、どうしようもなかったことで。

夏の次に秋が来るように、ごく当たり前に来るべき時が来ただけのこと。

曖昧だった関係が、お互い嫌な思いをしない内に曖昧なまま終わっていくことは

正直理想的な恋の終わり方だったのかも知れない。



「すっかり秋だねぇ。」



雑踏に消え入るような音量で呟き、吸殻を揉み消す。

数週間前には考えられなかった温度の風が、ほんの少し夏を彷彿とさせる昼間の空気を消し去って行った。







まるでもなかったみたいに


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